博多・長浜・久留米ラーメンの違いはどこにある?とんこつ80年の歴史を紐解くと驚きの連続だった

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こんにちは。福岡在住ライターの大塚拓馬です。

 

福岡といえば、ラーメンですよね。

一般的に博多ラーメン」と呼ばれる福岡のとんこつラーメンですが、「長浜ラーメン」という言葉もあります。また、同じ県内にある久留米市の久留米ラーメン」も有名です。

 

ここでひとつ疑問があります。

 

博多ラーメン、長浜ラーメン、久留米ラーメンって、結局何が違うの?

 

持論を語るラーメン通は数多くいますし、数々の説があることでしょう……。

僕の認識も「長浜ラーメンはあっさり、久留米ラーメンはこってり、博多ラーメンはその間……的な?」という程度です。生まれも育ちも福岡なのにこの有様。

 

そこで、この記事では博多・長浜・久留米ラーメンの違いに結論をつけるべく、長きにわたってラーメンと向き合ってきた当事者である「老舗ラーメン店」にお話をうかがってきました。

 

きっとこの記事を読めば、あなたもそれぞれのラーメンの違いを説明できるようになるはずです。

 

 

名店の公式サイトに「ラーメン史基礎講座」の文字が!

「こんな難しい問題、誰に聞けばいいんだろう」

「誰に聞いても異論噴出で炎上しそうだ」

 

いろいろなラーメン店の公式サイトを閲覧しながら頭を悩ませていたときに見たのが、久留米大砲ラーメンの公式サイト。

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なんと「ラーメン学」というコンテンツがあるじゃないですか!

そのページは「香月均史のらーめん学」と題され、ラーメンの基礎知識がわかりやすくまとめられていたのです。

taiho.net

 

久留米・大砲ラーメンといえば、昭和28年創業の久留米ラーメンを代表する名店です。香月均史(かつきひとし)さんは、久留米・大砲ラーメンの二代目の社長でいらっしゃいます。

「この方しかいない」

そう確信した僕はすぐに久留米・大砲ラーメンの本社へ取材依頼したところ、快諾してくださったので、すぐに久留米へと車を走らせました。

 

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こちらが久留米・大砲ラーメンの本社です。

 

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本日はこちらの店舗ではなく……

 

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こちらの本部事務所の門を叩きます。ちょっとドキドキ。お邪魔します!

 

「線引きは不可能」いきなりの先制パンチ

今回はお話をうかがうのは、久留米・大砲ラーメン代表取締役社長の香月均史さんです。

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▲株式会社大砲、香月均史社長

 

──本日はお忙しいところ、ありがとうございます!

 

香月社長:博多・長浜・久留米ラーメンの違いという話やったね。まず冒頭に書いとってほしいことがあるっちゃん。

 

──なんでしょうか?

 

香月社長:ラーメンフリークの方々はジャンル分けとか定義づけが好きよね。でも、私は久留米ラーメンの定義は何ですかって言われたら「ありません」って答えるよ。

 

──ええっ。どうしてですか?

 

香月社長:「これをしたら久留米ラーメンじゃない」とか「これをやれば博多ラーメンじゃない」とか、それは「ない」。たしかに分類をキチッとしたいと言えば、興味のある人は多いやろうね。でも、その完全な分類はできんよ。「このラーメンは〇〇ラーメン」なんて、食べ物にDNA検査はできんもんね。

 

──まあ、たしかに……。

 

香月社長:ラーメンと言えば当たり前に塩ラーメンを出す地方、当たり前に醤油ラーメンを出す地方がある。それで全国を回る初期のラーメンフリークたちは勝手にジャンル分けしたんよ。とんこつ・塩・醤油・味噌、これをラーメンの四大文明と名付けてね。

 

──そこから、ラーメンのジャンル分けの文化が始まったと。

 

香月社長:ラーメン作る側の立場からしたら、ジャンル分けなんて……。「~だから久留米ラーメンじゃない」なんて、勝手にいろいろ定義づけするな、っち言いたい。これは難しい話やけんね。

 

──じゃあ、そもそも博多や長浜、久留米ラーメンで分けることなんて、不可能なんですかね……?

 

香月社長:今あるラーメンを線引きはするのは不可能よ。とんこつラーメンも日々発展して、種の交わりが起きとうけん。種の境界にハイブリッドが生まれることもあるし。何と何のハイブリッドかなんて、それも線引きできんしね。

 

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▲取材開始早々、和やかに企画倒れの空気が漂う

 

──でも、やはり何かが違うから「博多ラーメン」「長浜ラーメン」「久留米ラーメン」という呼び名が存在するわけですよね……?

 

香月社長:そう。地域によってルーツの違いはあるよ。ただ今はそれが混ざりあって、どれがどれという線引きができなくなっとる。発祥をひもといていくことはできるけん、今日はそこを話すたい。

 

ホッ……。それでは、香月社長と一緒に歴史をひもといていきましょう。

 

とんこつラーメンは久留米で生まれた

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まずは久留米ラーメンについて詳しくうかがっていきましょう。

 

──最初に久留米ラーメンのルーツから教えてください。

 

香月社長:そもそも、九州のとんこつラーメンは久留米が発祥。(同じ久留米市内にある)「南京千両」さんが昭和12年に1軒の屋台として誕生したったいね。それより古い九州のラーメン屋さんに関する記録はないんよ。

www.nankinsenryou.jp

 

──昭和12年! 今から80年以上も前ですね。

 

香月社長:そう、当時ラーメンは屋台でしか食べられんやった。専用の調理システムが必要で、いろんなメニューに溢れる当時の食堂の設備では作れんやったとよ。パパッて作れるもんじゃなかったけんね。

 

──なるほど。「南京千両」さんは僕も食べたことがあります。かなりあっさりしていて、久留米ラーメンのイメージと違って驚きました。

 

香月社長:久留米ラーメンはもともとはあっさりしとったと。あっさりした半濁のスープやった。白濁は若干してるけど少し澄んでいる、コクはあまりないけどキレがあるラーメンやったね。

 

──久留米ラーメンは「濃厚」「こってり」というイメージだったので、意外です。

 

香月社長:時が経つにつれて、どんどんこってりしていったとよ。今の久留米ラーメンはキレよりもコクの方が強くなっとる。うちもそうやけどね。ただ、今の久留米の代表的な何店かだけ食べて「久留米ラーメンはこってり」と決め付けてほしくないね。

 

お客さんに気づかれないよう味を「進化」させる

──なぜ久留米ラーメンは「こってり」になっていったのでしょうか。

 

香月社長:久留米のいくつかのラーメン店がお客さんの味覚を敏感に察知して、見極めて進化させた結果やろうね。とんこつベースのラーメン好きはこってり好きが多いけん。今は親父がラーメン屋台を開いた時の2倍のとんこつ使用量やもんね。ヘタしたら3倍くらいあるかも。

 

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▲現在の久留米・大砲ラーメン(昔ラーメン並、税込700円)

 

──でもラーメンの味を変えてしまうことで、離れてしまうお客さんもいるんじゃないですか?

 

香月社長:お客さんに気づかれんように、少しずつ進化させとるとよ。そうせんと、ずっと同じレシピで作りよったら「味が落ちたね」って言われる。お客さんは時代を経ると、次第に濃い味を求めていくようになった。味を微妙に変え続けて、ようやく「昔と変わらず、うまいね」と言われるっちゃん。

 

──長く生き続けるには「味を守る」だけじゃダメなんですね。

 

香月社長:そうやないと、伝統は守られん。進化なき伝統は滅びる。「30年ぶりに来たけど、ぜんぜん変わらんね」って言ってもらえるけど、実際は30年前のとんこつラーメンなんて今のとんこつ使用量の半分くらいやけんね。

 

──そこまで変化させないと「同じ味だね」と言ってもらえないとは、驚きました。

 

香月社長:お客さんも他でいろいろなおいしいものを食べて、舌が贅沢になった状態でまたお店に来るけんね。その状態でお店に来ると同じものでも「あれ、こんなに薄かった?」となる。

 

──ただ一方では「南京千両」さんのように、ほとんど味を変えずに残っているお店もあります。

 

香月社長:あえて進化させずに、今でも同じ味を出し続けて残っているお店は、そういう「文化」として成立しとるんよね。普通は進化させんとお店がなくなる。「南京千両」は文化財のような貴重な存在やね。

 

うっかりミスから偶然生まれた白濁スープ

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 ──久留米ラーメンのスープを白濁させたのは、どのお店が最初なんでしょう。

 

香月社長:昭和12年当時は日本を含め世界中のスープの基本は澄まし仕立てやった。それをうっかり濁らせてしまったのが、久留米屋台の「三九」(現在は休業中)さん。

 

──「うっかり」濁らせた? 失敗からできたってことでしょうか。

 

香月社長:そう。基本的にスープというのは、炊き上がり次第、すぐに弱火にせんといかんったいね。弱火にしてコトコト煮込みながら、澄んだ状態で旨味を出すというのが世界共通のスープのとり方。

 

──なるほど。火加減を途中で変えるのが重要なんですね。

 

香月社長:そう。でも「三九」さんの場合は、買い物に出かけている間に火を弱くするのを忘れて、煮詰まって真っ白になっとったらしい。本来なら廃棄処分するところを、ちょっと味付けして食べたらおいしかった。これが久留米系の白濁スープのルーツやね。

 

スープは継ぎ足しでなく「呼び戻し」

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──久留米ラーメンといえば、熟成したスープに新しいスープを継ぎ足して作る「呼び戻しスープ」を謳っている店舗が多いように思います。

 

香月社長:呼び戻しスープの元祖は大砲ラーメン。その技術を完成させたのは親父(創業者の故香月昇氏)で「呼び戻し」という名前をつけたのは私。

 

──「継ぎ足し」という名称よりも、旨味が増しているイメージでいいネーミングだと思います。今ではかなり浸透しました。

 

香月社長:「呼び戻し」という言葉が一般的になるまでに10年以上かかった。それで10年ほど前、名古屋に行ったら「元祖久留米・呼び戻し」と書かれたラーメン店があって「どえりゃーこつばい」って笑ったよ。それくらい浸透したね。

 

──呼び戻しという技法で、スープはどう変わるのでしょうか。

 

香月社長:熟成された旨味が、じっくり増していく。ただ継ぎ足せばいいというわけではなくて、すごく難しいっちゃん。職人は3つの大きな釜の前に終日立って、バーナーの火力やスープの水位と濃度を的確に捉えながら古いスープと新しいスープを少しずつ調合していかないかん。ものすごく繊細で熟練の技が必要な作業。それをウチでは全店でやっとるよ。

 

寸胴じゃなくあえて「羽釜」を使う理由

──ほかにスープの製法に関することで、久留米ラーメン独特の文化はありますか?

 

香月社長:久留米で老舗といわれるラーメン店は、スープを炊くのに寸胴じゃなくて羽釜(はがま)を使うお店が多いね。種の交わりがあるので言い切ってはイカンばってん。

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久留米の老舗ラーメン店では写真のような寸胴を使わないお店が多い

 

──羽釜を使うと、どんなメリットがあるのでしょう。

 

香月社長:熱効率が良いけん、白濁させやすい。同じ100リットルの水を寸胴と羽釜で同じ火力で沸かすと、羽釜なら半分の時間で沸きあがる。

 

──羽釜と寸胴は、どうしてそんなに熱効率に差があるんですか?

 

香月社長:コンロの上に寸胴を置くと、火が外に飛び出て半分の熱が外に逃げて行ってしまうけんね。羽釜の場合は昔のおくどさん(昔ながらのかまど)のように、土台が全部釜を囲っとるけん、熱が逃げんとよ。

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▲羽釜とおくど(写真は大砲ラーメンではありません)

 

──白濁させるとんこつスープは強い火力で炊く必要がありますもんね。

 

香月社長:そう。もともと調理器具の寸胴鍋というのは、弱火でコトコトと澄んだスープを作る前提の調理器具。白濁させるとんこつスープのための調理器具としてはできていないから、強い火力で炊くには間違いなく羽釜の方が向いとる。

 

──羽釜は鍋の形も全然違いますよね。

 

香月社長:寸胴は底と側面が直角で角ばっとうけど、羽釜は底も丸いけん。中のスープがきちんと対流して、味に深みが増すったい。

 

似て非なる!? 博多ラーメンと長浜ラーメン

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▲ラーメン店が立ち並ぶ長浜地区は福岡の中でも屈指の密集地帯

 

ここからは福岡県民でもわかりにくい「博多ラーメン」と「長浜ラーメン」の違いを探っていきましょう。

 

──博多ラーメンにはどのようなルーツがあるのでしょうか。

 

香月社長:博多は澄んだスープと白濁したスープの2種類のルーツがあるったい。「三馬路(さんまろ)」さんっていう澄んだスープのお店が最初(現在は閉店)。もうひとつは博多ラーメンで白濁したスープの元祖「赤のれん」さんやね。その2つがあって、白濁したスープの方が主流になっていった。

 

──博多ラーメンも澄んだスープのお店があったんですね。

 

香月社長:そうそう。今も三馬路のラーメンを味わえるお店はあるっちゃないかなあ。たしか「博多 うま馬」という名前でやっとるはずよ。

 

──博多ラーメンと長浜ラーメンのルーツはどう違うんでしょうか?

 

香月社長:長浜ラーメンは、博多ラーメンができた後やね。魚市場が長浜に移転して、その市場の前に「元祖長浜屋」さんをはじめとする、ラーメン屋台が何軒かできたったい。

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福岡市中央区長浜にある福岡市中央卸売市場鮮魚市場

 

──長浜の屋台ではどんなラーメンが出ていたんですか?

 

香月社長:当時流行っとった博多の白濁したとんこつラーメンやね。お客さんは市場で働く忙しい人ばかりやけん、サッと食べて、サッと職場に戻らないかん。短時間で茹であがる麺にするには細くするしかないったいね。それで細麺が生まれた。

 

細麺や替玉は長浜のラーメン文化

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──細麺は長浜ラーメンの文化なんですね。

 

香月社長:久留米からすると博多ラーメンも細いけどね。極端に細いのは長浜ラーメン。一般的に中華麺は1分以上茹でると思うけど、15秒とか20秒で茹で上げよっちゃないかな?

 

──他に長浜ラーメンの文化というと、どんなものがありますか?

 

香月社長:替玉もそうたい。忙しいお客さんの「もうちょっと食べたいけど、麺だけくれんの?」という要望に応えた。10秒台で茹であがるけん、ササッて出せるやん。

 

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──替玉が長浜発祥というのは聞いたことがあります。

 

香月社長:久留米はそもそも替玉文化はなかったとよ。30年ほど前に久留米で替玉をした第1号はウチ、大砲ラーメン。周りの一部のラーメン店からはワーワー言われたよ。「替玉やら、久留米ラーメンじゃなか!」とかね。

 

──そう言われて、どう思いました?

 

香月社長:「なにそれ、誰が決めたと?」って話たい。そんな線引きはおかしいやろ。「変わらんやったら進化せんばい」って。「伝統を守りながら、より現代風に進化させていくのが俺たち二代目、三代目の役目やないんか」って思った。

 

──結局、今では久留米でも替玉は一般的ですよね。

 

香月社長:久留米の学生はほとんど替玉するよ。ピシャーッと根付いたね。ワーワー言われたけど、そのワーワー言いよった人たちも今では替玉出しとるけんね(笑)。

 

【衝撃】実はカタ麺ほどのびやすい

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──長浜ラーメンは、お客さんが市場の仕事で忙しいから「早く茹であがる」ということがとても重要だったんですね。

 

香月社長:博多ラーメンと長浜ラーメンって、いつのまにかジャンル分けみたいになってしまっとるけど、単純に博多ラーメンの麺を細くして、市場で働く人のために素早く提供できるようにしたのが長浜ラーメンちゅうところかな。

 

──カタ麺が愛される文化も、早く茹であがるというのが理由の根底にありそうですね。麺が細くて、すぐにのびてしまうのを防ぐという意味合いもありますか?

 

香月社長:「カタ麺ほどのびにくい」っていうの、あれは逆ばい。逆!

 

──え、そうなんですか!?

 

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香月社長:カタ麺ということは、麺がスープをもっと吸いたい、もっと吸いたいという状態やけん。茹で時間が短いカタ麺ほどは水分(スープ)を求めて、すぐのびる。昔、初代はラーメンの出前をしていたけど、絶対やわ麺でやっとった。カタ麺で配達すると、届けたときには麺に吸われてスープがなくなってしまうからね。

 

──衝撃。これは勘違いしている人、めちゃめちゃいますよ……。

 

香月社長:そもそも、ラーメンの麺はうどんなんかの麺に比べて水分が少ない(低加水)けん、基本的にスープを吸おうという性質が強い。麺が細い分、一玉あたりの表面積が大きいのも、のびやすい要因やね。

 

──カタ麺にしておけば、ちょっとのびてもちょうどいい塩梅かと思っていました。

 

香月社長:茹でてやわらかく調理するのと、のびてブヨブヨに劣化するのとでは全く別の現象やけん。それだけは書いとって。皆さんカタ麺ほどのびないと思い込んどる。情けなくも一部のラーメン店だってそう思っとる。それは逆ばい。

 

──ちなみに香月社長おすすめの麺の硬さってありますか?

 

香月社長:やや硬めやね。硬すぎるとモチモチ感がなくなるしね。だから少しだけ硬めにした方が、麺本来のモチモチ感もあって、歯応えもある。

 

──ハリガネとか、コナオトシはどうでしょうか。

 

香月社長:うーん、まずその呼び名が好かん。作り手としては麺の味は美味しく茹でてナンボという想いがあるけんね。本来、職人たちは麺がいちばんいい状態で上げるわけよ。でも、今は猫も杓子も「カタメン、バリカタ、コナオトシ」などと「カタ麺合戦」というか「ナマ麺合戦」。それじゃ、お客さんも麺本来の旨さが分からんごとなるし、作り手の麺上げの意識も技も向上せん。

 

大砲ラーメンは徹底して手づくりにこだわる

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──最後にこちらの大砲ラーメンさんのこともお聞かせください。ラーメンを提供する上でいちばんこだわっていることはなんですか?

 

香月社長:12店舗すべてが手づくりで、セントラルキッチン方式を導入していないことやね。全店舗で生のとんこつからスープを出しよる。

 

──てっきり工場でスープをつくっているのかと思いました。

 

香月社長:ぞーたんのごつ!(※)工場のスープじゃ呼び戻しスープはできん。ずーっと調合せんといかん。呼び戻し製法やけん、創業当時からスープの釜は空になってないし、新たにお店を作るときは本店のスープをバケツ一杯ほど持って行って、そこから呼び戻しを仕掛けるったい。

※ぞーたんのごつ!:「冗談じゃない!」「まさか!」の意

 

──難しい呼び戻し製法を12店舗それぞれでやるのは大変ですよね。

 

香月社長:各店舗には正社員が最低4〜6人くらいは必要やけん。正社員という名の職人が。人件費がかかりまくるので、利益率はめちゃめちゃ低いけどね。それでも、うちは全店舗手づくり。これが大砲ラーメンの存在意義と思っとる。

 

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久留米から離れた天神今泉店でも本店と同じ呼び戻し製法が行われる

 

──どうしてそこまでして、手づくりにこだわるんですか?

 

香月社長:自分が2代目を継ぐときに思ったっちゃん。「親父が残した手づくりのラーメンを守りながら、お店は近代的にして、会社の経営は時代に合うものにしよう」って。「『職人の味と技』『近代的なシステム』これが融合すれば、どんなラーメン店にも負けん」という自信があった。大砲は必要な進化をしながらも、「大砲」の暖簾を掲げるお店である限り、手づくりという姿勢だけは未来永劫変えることはない。そういう思いです。

 

──大砲ラーメンとは、そういった信念を貫いたブランドなんですね。

 

香月社長:もし私がこの世からおらんごとなっても「大砲ラーメンの暖簾を出す以上は、絶対に全店舗手づくりの姿勢を崩すな」と伝えとうけん。それを崩すのなら、全く別のブランドを立ち上げてからにしろと。大砲ラーメンの暖簾だけは汚さない。それが親父の屋台の時代から続く、大砲ラーメンの「文化」やから。その姿勢だけは絶対に崩したらいかん。

 

──呼び戻しで受け継ぐスープと同じように、きっと文化も継承されていくと思います。

 

香月社長:今もうちの親父がつくったスープの分子が少しは残っとうはずやけんね。スープの釜は絶対空にせんけん。初代のスープの分子は果てしなく薄まっているだろうけど、ゼロにはならんけんね。ずっと受け継いでいってほしいね。

 

──貴重なお話をありがとうございました!

 

お店情報

久留米・大砲ラーメン 本店

住所:福岡久留米市通外町11-8
電話番号:0942-33-6695
営業時間:11:00~21:00
定休日:木曜日、元日

www.hotpepper.jp

 

博多ラーメン原型の系譜を継ぐ「博多 うま馬」

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久留米・大砲ラーメンの香月社長に教わったおかげで、博多・長浜・久留米ラーメンの違いがつかめることができました。

 

ただ香月社長の話に登場した博多ラーメンのルーツである、澄んだとんこつラーメンがまだ残っている」という話が気になって仕方がない……。

 

そこで、香月社長に教わった博多 うま馬」に取材依頼をしてみると、こちらも快諾!

博多ラーメンのルーツについて、手嶋雅彦社長にもう少し詳しくお尋ねすることにしました。

 

屋台「三馬路」から80年以上続く歴史

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▲「三馬路」の屋台がかつて営業していた博多川付近。写真は現在の様子

 

──こちらは博多ラーメンのルーツといわれる「三馬路」の系譜を継ぐお店ですよね。

 

手嶋社長:そうです。昭和13~15年頃に森さんという方が、中洲の博多川沿いに「三馬路」という屋台を始めたのが、博多ラーメンのルーツです。この方は戦前上海にいらっしゃっていて、それで福岡に戻ってきたときに「中国で食べた麺を福岡で再現しよう」というふうに考えられたそうです。

 

──どんな屋台だったのでしょうか。

 

手嶋社長:今のような屋台ではありません。長椅子があって、お客さんはできたラーメンを長椅子に座って、丼を手でもって食べる。テーブルがないんですよ。本当に屋台になる前の初期形態というか。雨が降ってきたら「そら逃げろ」って感じだったそうですよ。

 

──最初はとても簡素だったんですね。

 

手嶋社長:そんな「三馬路」を森山という私の叔父が「五馬路(うまろ)」という名前で継ぐんですね。「三馬路」のラーメンを食べて「こんなおいしい食べ物があるのか」と感激し、私の父も誘って弟子入りを志願して、修業したそうです。

 

──「三馬路」と「五馬路」の店舗は、残っているのでしょうか。

 

手嶋社長:今はもうどちらのお店も存在しません。私が父のもとで修行し、「博多 うま馬」の名前で独立したことで、味を受け継いでいます。

 

澄んだスープの「源流 博多ラーメン」

博多 うま馬」のラーメンを実際に頼んでつくっていただきました。

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▲これが源流 博多ラーメン(税込650円)

 

──確かにスープが白濁していませんね。鶏ガラスープのラーメンのように見えます。どのような経緯でこのスープが誕生したのでしょうか。

 

手嶋社長:「三馬路」の森さんが初めてラーメンをつくろうとした時は、鶏ガラが中心だったんですよ。ただ、戦前の食に厳しい時代で「鶏ガラ」が潤沢に手に入らなかったんですね。

 

──でも、豚(の骨、とんこつ)ならあったと。

 

手嶋社長:そうです。鶏ガラのかわりにとんこつでやってみたのが、とんこつラーメンをつくり始めたルーツだと聞いています。とはいえ、とんこつを扱っている肉屋さんも少なかったので、ハム工場に骨をもらいに行っていたそうです。

 

──とんこつはどのように炊いていたんですか?

 

手嶋社長:当時はガスもない時代なので、練炭で炭に火を起こして、その上にスープの鍋を乗せて炊いていたんです。だから、当然火力が弱く白濁もしません。この状況でどうやっておいしいスープを作るかと考えて、完成させたんですね。

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▲スープは濁っているものの白濁はしていない

 

──このスープの製法でいちばん大切なポイントは何ですか?

 

手嶋社長:骨の血抜き、灰汁抜きをしっかりやって、骨から出る旨味を最優先することですね。我々は寸胴に骨を入れて、水から下炊きをする、そうすると灰汁がワーッと出てきます。それを一度全部茹で捨てて、骨をもう一回流水で洗って、それで初めてスープ缶(スープを入れる鍋)に入れます。

 

──かなり丁寧に下処理をされるんですね。

 

手嶋社長:強く炊かない方がとんこつのニオイは残るので、臭みを消すためにさまざまな工夫をしています。骨から出てくる純粋な味を大事にしたいと思っているんです。

 

──ちなみにこういうクリアに近いとんこつスープを出すお店って、こちらの他にはあるんでしょうか。

 

手嶋社長:今は逆に白濁していないとんこつスープを出すお店もあるんじゃないですか。新しいものとして登場していると思います。ちなみに、ウチのスープは乳化をする一歩手前くらいなので、完全にクリアではありません。白濁まではしていないけれど、少し濁っている程度です。

 

自家製平麺というオリジナリティ

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▲うま馬の麺はかなり平べったい平麺

 

──この麺はかなり独特ですよね。ここまで平べったい麺のラーメンは福岡ではなかなかないと思います。

 

手嶋社長:たしかに、ここまではっきり平べったいのはないでしょうね。もちろん当時は手打ちだったから平べったい麺になったのでしょうけど。まあ聞くところによると、中国では刀削麺という感じの平べったい麺が多かったみたいですから。

 

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▲平らな麺といえば、まず思い浮かぶのが中国の刀削麺

 

──とんこつラーメンであると同時に、モチモチ感が強い麺が新鮮です。

 

手嶋社長:自家製麺で加水率をちょっと上げて、のどごしを良くしようと思って麺をつくっています。まあ、昔からこの麺なんですよ。長浜系の細い麺はずいぶん後になって出てきたという話ですね。だんだんいろんな麺が出てきましたけど、そもそもの博多ラーメンの麺はこれだったんです。

 

──創業当時、他のラーメン店でも似たようなラーメンが提供されていたのでしょうか?

 

手嶋社長:当時は他にあったラーメン屋さんもこれに近いラーメンだったみたいですよ。ただ、父が「もうほとんどなくなった」と言ってましたね。残っているのは「赤のれん」さんと「博龍軒」さんくらいだと聞きました。

 

──その後、長浜ラーメンが全盛になって、博多ラーメンのイメージがどんどん長浜ラーメンのイメージになっていくというわけですね。

 

手嶋社長:そうですね。「三馬路」が今もあれば、もう少し博多ラーメンの文化も残ったんでしょうけどね。今は最初の原型としての博多ラーメンを伝えるお店はここしかないので。博多で最初のラーメンをこれからもずっと伝えていくのが使命だと思っています。うちのスタッフ、みんなそういう想いでやっていますよ。

 

博多 うま馬」は旨味を引き出すシンプルなラーメンにこだわる

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──最後に「博多 うま馬」についてお聞かせください。「博多 うま馬」はラーメン以外のメニューも豊富ですよね。

 

手嶋社長:はい、ウチは業態としてはラーメン居酒屋店なんですよ。ラーメンだけじゃなくて、串焼きがあったり、もつ鍋とかもあったり。締めにラーメンを食べるという方が多くて。

 

──源流 博多ラーメンはさっぱりしていて、飲んだ後に合いそうです。お客さんは昼と夜のどちらが多いですか?

 

手嶋社長:お客さんは昼よりも圧倒的に夜が多いですね。売上のアルコール比率が3割超えてますからね。ラーメン店は普通9割はラーメンの売り上げで占めるんじゃないですか。うちが屋台から始まったお店なので、その流れですね。

 

──なるほど。「博多 うま馬」で一番こだわっていることは何か、教えてください。

 

手嶋社長:「オーソドックスにシンプルに作る」ということですね。とくにこだわっているのは骨の血抜き、灰汁抜きをしっかりやって、骨から出る旨味を最優先することです。

 

──このシンプルなスープがモチモチした平麺によく合いますもんね。

 

手嶋社長:うちのラーメンは麺ありきだと思っていて、平麺に合うスープという発想でスープを作っているんです。例えば、このスープに長浜の細い麺を入れても全然合いませんよ。

 

──雨が降ったら逃げ帰るような屋台から、80年も続いていく歴史に感動しました。これからも誕生当初の博多ラーメンのおいしさを伝え続けてください。

 

手嶋社長:伝統は守りつつ、ラーメンの味については日々研究しています。続けるためには、少しずつ変えるというのはやはり大切でしょうね。今の人たちに飽きられないようにしながら、守っていきたいですね。

 

──貴重なお話をありがとうございました!

 

お店情報

博多 うま馬 祇園店

住所:福岡福岡博多区祇園町1-26
電話番号:092-271-4025
営業時間:月曜・水~金曜11:30~14:00、17:30~24:00(L.O.23:30)、土曜11:30~15:00 17:30~24:00(L.O.23:30)、日曜祝日11:30~15:00 17:30~23:30(L.O.23:00)
定休日:火曜、元日

www.hotpepper.jp

 

【結論】博多・長浜・久留米ラーメンの違いとは

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博多・長浜・久留米ラーメンの違いについて、調査してまいりました。

これらのラーメンの違いは明確に定義があるわけではありません。しかし、それぞれのルーツや歴史には、明確に違いがありました。

まとめると以下の通りです。

 

博多ラーメン】

  • 博多川沿いにあった屋台「三馬路」が発祥
  • もともとは白濁させないスープ
  • 平べったい麺を使用

 

【長浜ラーメン】

  • 長浜にある魚市場の前にできた屋台「元祖長浜屋」が発祥
  • 細麺・替玉文化の発祥
  • 一般的な「博多ラーメン」のイメージのルーツとなっている

 

久留米ラーメン】

  • 久留米市内、明治通りにあった屋台「南京千両」が発祥
  • もとはあっさり味だが、近年はこってりが増えている
  • スープは羽釜を使った「呼び戻し製法」で作られる

 

ルーツや歴史に違いはありますが、すでにこれらのラーメン文化は混ざりあっています。

これもすべて、とんこつラーメンが生まれて80年以上、数えきれないほど多くのラーメン店が生まれ、そのラーメン店主がお客さんと真剣に向き合い、時代を読んで味を変化させてきたからです。

 

福岡県民としてラーメンをこよなく愛してきましたが、知らないことだらけでした。

ぜひとんこつラーメンの歴史に想いを馳せながら、老舗店を巡ってみてくださいね。

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【参考文献】
原達郎『九州ラーメン物語』(九州ラーメン研究会)

「就職するまで和洋菓子を食べたことがなかった」1万種類以上の和菓子を食べたバイヤーのあくなき探求心

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2018年6月、知人に「和菓子のフェスがあるんだけど行かない?」と誘われて、ふらっと出向いた玉川タカシマヤの地下食品売場。そこでは「<ワカタク=若き匠たち>の挑戦」と題された催事が行われていて、全国各地の有名な和菓子店が集まっていた。

 

老舗のどらやきから、ニューウェーブ和菓子と呼ばれる目新しいものまで、多種多様な和菓子が並んでおり、30~40代の若い店主たちがそれぞれの和菓子についてのうんちくをお客さんに向けて楽しそうに話していた。それを見て、これまで和菓子に抱いていた取っつきにくいイメージを覆された。

 

爆買いしながら店主の方と話すうちに、イベントを企画された方として、紹介されたのは、高島屋全店の和菓子を担当する和菓子バイヤー、畑主税(はた ちから)さん。

 

混雑する会場で話しかけてきた一般客の私に、「和菓子の甘さは季節によって変わるんですよね」などと楽しそうに話してくれたのが印象的だった。

 

畑さんが、全国1千軒以上の和菓子店をまわり、「1万種類以上の和菓子を食べた男」と言われる業界の有名人だということを、帰宅後に買った和菓子を頬張りながら見たネットの記事で知った。

 

そして彼がお気に入りの和菓子店を店ごとに紹介するプライベートのブログ「和菓子魂!」の過去の記事をむさぼるように読んだ。

blog.livedoor.jp

その日以来、私は和菓子にハマり、暇さえあれば都内の和菓子店に足を運んでいる。今回、畑さんに取材を申し込み、これまでの経歴や、知ってるようで知らない和菓子についてのあれこれを聞いた。また新宿タカシマヤで購入できる畑さんオススメの和菓子を3つ紹介してもらった。

 

肉とおやつを食べない家庭に育つ

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──子供の頃から和菓子は好きだったんですか?

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑主税さん(以下、畑):それが私の家は少し変わっていて、実はほとんど甘い物を食べる機会がなかったんです。肉とおやつは、家で食べなくても好きになるだろうからという両親の考えで、子供の頃は魚と野菜以外はほとんど食べなかったんですよ。

 

──それは珍しいですね。

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:バレンタインデーの2月14日が私の誕生日なので、チョコレートケーキを毎年食べていたぐらいで、他にはほとんどお菓子を食べなかったんです。友達の家に行くとおやつを食べるからポテトチップスなんかは知ってましたけど、自分の家で食べることはなかったし、特に食べたいとも思わなかったですね。
誕生日以外だと、親と地元の百貨店にある喫茶店でチーズケーキを食べることはありました。当時は生クリームといちごが苦手だったので、ショートケーキが食べられなかったんです。

 

──おやつの代わりに何を食べてたんですか?

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:ちりめんじゃこが好きでよく食べていました。あとはさつま揚げとか、塩辛といったものを。だから、2003年に高島屋に入社するまでお菓子にあまり縁がないまま育ったんです。そして入社して最初に配属されたのが洋菓子売場……。食の素材に興味があったので、生鮮三品(魚・肉・野菜)の売り場に行きたくて食品売場を希望してはいたのですが、まさか洋菓子売場に配属されるとは思わなかったですね。

 

──ショートケーキが食べられないのに洋菓子担当はつらそうですね。

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:正直ショックでしたね。ブランドも全然分からないし、食べて味を覚えるところから始まって、ありとあらゆるブランドのケーキを食べていきました。分からないことは、それぞれのブランドの店長に質問して勉強していくうちに、味の違いや材料の配分も舌で分かるようになりました。
当時はパティシエブームもあって、ちょうど洋菓子が盛り上がっていた時代。楽しく仕事をしていたのですが、高島屋は入社4年目でほぼ全員が異動するんです。

 

──会社の方針としてですか?

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:そうです。だから私も異動すると思っていて、パティシエの方々やお取引先様にお別れの挨拶をして、最後のスケジュールを組んで、さあ異動だって思っていたら、異動しなかったんです……。そこで、思い切って同じ和洋菓子売り場の中で、和菓子担当にしてくださいと担当替えを希望しました。

 

和菓子と洋菓子の境は気にしない

 

──和菓子ならではの魅力を教えてください。

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:ジャンルの多さですね。いろいろありすぎて分けることすらできないお菓子も多いんです。自分でやっているブログでタグ付けして一応ジャンル分けしているんですけど、かなり強引な分類になっていますね。

 

──あまり和菓子を知らない身からすると、まんじゅう、羊羹、どらやきあたりしかパッと思い浮かばないですけど……。

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:たとえば羊羹だけでも、蒸し羊羹、練り羊羹、水羊羹、そして上がり羊羹と4種類あるんです。大福もお餅生地と求肥のものがあって、さらに餡子を包んでるもの、餡子を載せてるもの、そして餡子がないものがあるんですよね。そうして分類していくとたくさんの種類になるんです。

 

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山形の菓子店「乃し梅本舗佐藤屋」の8代目が作った「りぶれ」(1,320円)。黒糖とラム酒の羊羹の上に愛媛県怒和島の国産レモンを蜜にした寒天を重ねている

 

──ぜんざいなんかもそうですが、地方によって呼び方が違うものもありますよね。

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:呼び方も違いますが、関東と関西では和菓子の作り方にも違いがあります。たとえば京都東京だと、小豆の炊き方から違うんです。「渋切り」って作業があって、渋み、つまりアクを取り除くために小豆を水に浸したあと、上澄みを捨てて、沈殿した生あんだけを取り出して水分をギュッと絞り出すのを繰り返して、その後、砂糖を加えて炊いていくという作業なんですけど、関西だとお店によっては、それをまったくやらない場合もあります。水に浸して寝かしたあと、渋切りをせずに炊いていくんです。

 

──渋切りをやらないのは、素材感を残したいからですか?

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:パンチが強くなるというか、渋みを含めた上で小豆の個性がそのまま出ます。だから、その作業を何回やるかによって味が違ってくるわけです。まったくやらないお店もあれば、1回だけやる、逆に3回、5回やるってところもある。こしあんだとそれをギュッとしぼって、小豆の粉にするんですね。粉末になるぐらい絞りきる。その絞り方によってもまた味が変わるし、絞る回数によっても変わってきます。

 

──関西はパンチを強くする傾向があるのでしょうか。

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:一概には言えません。まずはその土地に行って、その土地で売られている和菓子を食べるのが一番良い楽しみ方かと思います。原料にその土地の産物を使ってることも多いですしね。

 

──個人経営が多くて、地域性が高いのも洋菓子との大きな違いと言えますね。

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:和菓子店は繁華街にもあるし、田舎にもあります。あと、新しいお店も変わった場所にできたりする。有楽町にある甘味処「銀座かずや」さんは、「かずやの煉」というババロアのような和菓子が名物なんですが、見過ごしてしまうほど小さな店舗なんです。繁盛しているのに、店舗を広げないんです。

 

──なぜなんですか?

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:結局、職人が1人で作られているので、人を雇って大きくする考えはないんです。和菓子店は自分で手の届く範囲でやる方が多い気がします。

 

──最近出てきたニューウェーブ系和菓子と呼ばれている斬新な和菓子の中には、洋菓子の手法を取り入れたものも結構あるし、どこまでが和菓子かと考えると難しいですよね。

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:個人的には和菓子、洋菓子の境はなくていいと思ってます。明治時代に西洋文化を取り入れようという欧化政策があって、それまで服と呼ばれていたものが和服と言われるようになって、それ以降に入ってきた服を洋服と言うようになった。そのタイミングで和菓子と洋菓子も分けられたんです。

 

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新宿タカシマヤに店舗を構える広島の和菓子店「COCONCA」の「淡雪花」(2個入り 420円)。マシュマロの間にレモンの寒天が入った和菓子と洋菓子の垣根を越えたお菓子

 

──それまでに日本にあったものが和菓子と言われてるだけだと。たしかにカステラもポルトガルの食べ物ですもんね。

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:丸ボーロも金平糖もポルトガルです。明治時代以降に、日本に入ったお菓子が洋菓子と言われてるだけで重要な区分けではないと思うんです。だから私はひとくくりに「お菓子」でいいと思ってるんですよ。

 

たった1人の新幹線輸送で和菓子の歴史が変わった

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──畑さんの経歴に話を戻しますが、入社4年目に洋菓子担当から和菓子担当になったわけですが、和菓子もほとんど食べたことがなかったんですよね。

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:代表的な商品すら食べたことがなかったので、最初は書店に行って5冊ほど和菓子の本を買いました。それで、どの本にも出てくるお店を調べて、夏休みに大阪の実家へ帰ったときに自転車をこいで、幾つかのお店をまわったんです。そのときは和菓子バイヤーだと名乗らず、ひたすら和菓子を買って食べました。
それを勉強していくうちに、発送できないお菓子を東京に持って行きたいと思ったんです。京都の豆大福やお団子は作ったその日に食べないといけない。そうすると宅急便で送れないので、自分で運ぶしかないなって。

 

──それが今でも続く、京都の和菓子を東京で販売する「京都航空便」につながるんですね。

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:とにかく一度やってみようと。それで京都の「嘯月(しょうげつ)」さんというお店の生菓子をメインに、京都にあるお店の和菓子を東京に運ぶことにしました。「嘯月」さんは繊細な味わいの生菓子を作るんですが、このお店の上生菓子は事前に予約が必要でなかなか手に入りにくいんです。それを、東京に持って行こう! って思ったんです。

 

──お店には通いつめてOKをもらうんですか。

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:はい。どんなお菓子を出してるかを勉強することも含めて、相手の懐を知るために通います。伝統と歴史があるので自分の親よりも年上の人たちがやっているお店が多いのです。これだけウェブが発達していて情報も簡単に得られるはずなのに、飲食店の情報サイトなどを見ても分からないことはたくさんある。そうすると電話で話していても、イメージが湧かないまま話すことになるんです。
実際にお店に行って、ショーケースの位置や、商品の配置が分かってると、「お店では手前の棚に置いてあるあの羊羹ですが」と話せますからね。そうするとあちらも「この人、来店したことがあるんだ」となる。

 

──たしかに、そこで信頼関係が生まれますよね。

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:それもあって今もなるべく私自身が行くようにしています。そうやって「嘯月」さんのほかにも6店ほど許可をいただいて、イベントのために京都のお菓子をそれぞれ30~50箱ずつ台車に積んで、1人で運んだんです。

 

──たった1人で!

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:タクシーでお店を回って品物を預かり、京都駅で駅員さんとバケツリレーでホームに上がって、積み込みました。東京駅では同僚が3人ぐらい待っていてくれて、それを新宿店に持って行って、16時からの販売に何とか間に合わせました。

 

──お客さんの反響はいかがでしたか?

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:東京で初めて「嘯月」さんの上生菓子を販売したのですが、折り込み広告に載せたら、大変なことになったんです。京都のお店をまわっている時間に、朝9時半からお並びになっているお客様がいると新宿店の担当者から電話がかかってきたので、急遽、整理券を作ってもらいました。

 

──ネットでも話題になったんですか?

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:2006年のことですから当時はまだSNSは浸透してなくて、折り込み広告をご覧になった、潜在的な和菓子ファンの方にたくさん来てもらえたんだと思います。

 

──新幹線輸送は、そのあとも続いたんですか?

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:いや、1回限りです。新幹線で運んだのが2006年10月で、翌年の2007年4月には飛行機で運ぶことになりました。運送屋さんに相談を持ちかけまして、京都から伊丹空港へ運び、空輸で羽田空港へ。そして新宿店へ運ぶようにしました。

 

──それで月1のイベント「京都航空便」が定着したんですね。

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:最初は新宿店のみだったのですが人気イベントになったため、今では日本橋店、横浜店、柏店、玉川店と5店舗に拡がりました

 

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──京都の和菓子もたくさん販売されてますよね。

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:僕が入った頃、新宿店の売り場には、京都の商品が数店舗しかなかったんですけど、今では80店舗に増えました。

 

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──畑さんは現在、どのような仕事をメインにされてるんですか。

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:今は全店の和菓子の責任者です。各店にバイヤーはいるので、私はどこかの店舗で新しいお店を入れることが決まると交渉に行ったり、どことどこのお店で合同でイベントを組めば話題になりそうだとかアドバイスをしたり、高島屋全店の和菓子のバイヤーを担当しています。

 

──畑さんは新しい世代の和菓子職人の紹介も積極的に行っていますが、老舗和菓子店の若主人を集めた催事「<ワカタク=若き匠たち>の挑戦」についても話を聞かせてください。

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:ここ数年、和菓子店の世代交代がはじまっていて、それまで取引をしていたご主人から、「息子に任せることにしたから、これからは息子と話してくれ」と言われることが多くなったんです。

 

──和菓子店は息子さんや娘さんが継ぐことが多いんですか。

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:ほぼそうですね。血縁者以外の人が継ぐことはめったにない。それほど大きな規模感でそもそもやっていないので外の人間が入る余地もないんです。子供が継がない場合はのれんをたたむことが多いですね。

 

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富山県の和菓子店「薄氷本舗五郎丸屋」の「T五(ティーゴ)」(5枚入り 756円)。老舗店の若旦那が手がける5つのTONE(色合い)とTASTE(味わい)にした薄い干菓子。伝統銘菓「薄氷」をもとにした新感覚の和菓子として注目されている

 

──世代交代によって変わってきたことはあるんですか。

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:洋菓子店はパティシエが前に出て「僕のスイーツを食べてみて!」って方が多いんですけど、和菓子店はそうではなくて、のれんの奥のほうで作られてることが多かったんです。

 

──たしかにあまり表に出てくるイメージはないですね。

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:でも、若主人たちはそのあたりも柔軟に対応してくれる方が多いです。和菓子の世界には基本的に流行はありませんが、代が変わることで、これまでにない斬新な流れが生まれる可能性を秘めているんじゃないかなと思っています。

 

──今はそういったアプローチがないと広まらないですからね。

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:「<ワカタク=若き匠たち>の挑戦」はそういった部分でも共感いただける若主人に声をかけてはじめました。このイベントが面白いのは、開催スタートの前日に全員で集まって互いの菓子を食べ合うんです。そうすることで互いの情報交換にもなっています。

 

──店主の方に直接、和菓子の歴史や製作秘話を聞くことができるのが面白いですよね

 

f:id:exw_mesi:20190927163119j:plain畑:土地ごとの違い、ジャンルの多さ、それぞれの店主のキャラクター、この3つを楽しんでもらえれば和菓子の魅力が伝わると思います。

 

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和菓子の未来を見据えながら、インターネットの情報に頼らず、地道に足を使ってお店を開拓していく畑さんの姿は、 仕事熱心ということ以上に和菓子と和菓子職人への愛を感じさせる。

“若き匠”たちと共に、畑さんが今後どのようなムーブメントを起こすのか、そしてそこから一体どんなうまい和菓子が生まれてくるのか。和菓子業界の近い未来が非常に楽しみだ。

 

撮影:石川真魚

「カレーは飲み物。」という店名に隠された大胆さと緻密さ。壬生代表のパンクでファンクな経営論

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ラノベ系の店名は「カレーは飲み物。」が先駆け

カレーは飲み物。

 

こんな看板を掲げたカレー屋が、東京にある。オープンは2012年。今では決して珍しくなくなった、飲食店に文章のような店名を付けた“元祖”と言っていいだろう。

 

店に一歩足を踏み入れれば、そこは硬派かつシンプルな作り。メインのメニューは基本的に「赤」と「黒」の2種類のみで、ご飯は小盛(200g)でも大盛(450g)でも値段は変わらない。さらにトッピングは10種類のなかから3つを選べ、これまたどれを選んでも追加料金はない

 

運営する株式会社のみもの。は、池袋店、秋葉原店など「カレーは飲み物。」各店を展開するだけでなく、「とんかつは飲み物。」「焼きそばは飲み物。」「ハンバーグは飲み物。」と立て続けに「飲み物。」シリーズの新店舗をオープンさせ、2019年10月現在で22の店舗を運営している。

 

ネットでは店名のインパクトに関する話題が先行しがちだが、この勢いを見るに、もしかしてそこには緻密なマーケティング戦略があるのでは……。そう考え、同社の代表・壬生裕文さんに話を聞いてみた。

 

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▲「黒い肉カレー」は小盛でも山盛でも900円

 

「〇〇は飲み物。」発想の原点は“岡村ちゃん”?

──飲食業界の社長さんって、ギラギラしていて小脇にセカンドバッグを抱えているイメージだったんですが、壬生さんはそういう雰囲気じゃないですね。

 

f:id:exw_mesi:20190928222023p:plain壬生裕文さん(以下、壬生):ゴルフもやらないですし、時計にも興味がないですし、物欲があまりないですね。ファッションは好きですけど、高級車に乗るよりは自転車で街を走りまわるくらいがいい、といった感じですね。

 

──「カレーは飲み物。」は、いかにして生まれたのでしょうか?

 

f:id:exw_mesi:20190928222023p:plain壬生:最初は蕎麦ですね。2010年に池袋で「池袋 壬生」っていう自分の名前を付けた蕎麦屋を始めたんです。「なぜ蕎麦にラー油を入れるのか。」っていうキャッチコピーで。店名に注目していただくというのは、そこからスタートしています。ラノベ(ライトノベル)系のネーミングというんでしょうかね。

 

──ターゲットも、そうした層ですか?

 

f:id:exw_mesi:20190928222023p:plain壬生:20代から50代の男性会社員と、いわゆる「オタク」な男子です。基本的には、彼らが集まるところに出店する感じですね。だから、池袋とか秋葉原周辺に店舗が多いんです。

 

──語りかけているような長い店名のお店は、ここ数年で増えましたね。

 

f:id:exw_mesi:20190928222023p:plain壬生:10年近く前からそういうことをやっていたので、「なぜ蕎麦にラー油を入れるのか。」っていうキャッチコピーは、その走りだったんじゃないでしょうか。

 

──そのラノベのタイトルのような発想はどこから?

 

f:id:exw_mesi:20190928222023p:plain壬生:小学生のときから岡村靖幸さんがすごく好きで。意識はしてなかったんですけど、その影響はあるのかなって思うんです。

 

──あー! 名曲『あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう』ですね。

 

f:id:exw_mesi:20190928222023p:plain壬生:まさにそれです。小学生にしては早熟な感性だったと思うんですけど、結構聞いていました。岡村さんの言葉選びの面白さとか特別感には、たぶん相当影響を受けていますね。

 

赤と黒の「いつか世に出したかったカレー」

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──「なぜ蕎麦」は今も続いていますが、そこからカレー専門店の「カレーは飲み物。」につながっていったのはなぜでしょうか。

 

f:id:exw_mesi:20190928222023p:plain壬生:僕は昔、飲食店を再生するような事業をやっていたことがありまして。そのとき「ランチをもうちょっとカジュアルにしたい」っていう、フランス料理のレストランからの依頼をもとに作ったカレーがあったんですよ。

 

お店は結局、立ち退きでなくなっちゃったんですけど、そのカレーがすごく美味しかったので、いつか世に出したいっていう思いがありまして。「なぜ蕎麦に〜」の調子がよくて、2年ほどで2号店を出せることになったので、「じゃ、このタイミングでカレーの店を」ってことで。

 

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▲「赤い鶏カレー」は小盛でも山盛でも850円

 

──「カレーは飲み物」という言葉自体は、もとからありましたよね。

 

f:id:exw_mesi:20190928222023p:plain壬生:小学校の頃観ていたテレビ番組『オレたちひょうきん族』の「ひょうきんベストテン」のコーナーで、ウガンダ・トラさんが発した名言(※正確には「カレーライスは飲み物」)ですね。

 

30年くらい前からずっと残っている言葉って、なかなかないんですよ。TVで生き残って、さらにネットの時代になってからもネットスラングみたいなかたちで生存している。そこに注目していて、もしカレー屋をやるときはこの言葉を使えたら面白いなと。

 

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▲「カレーは飲み物。」1号店の前に立つ壬生さん

 

──先に言葉があったんですか?

 

f:id:exw_mesi:20190928222023p:plain壬生:いや、やっぱり商品が先ですね。どれも基本的に商品ありきなんで。まず美味しいカレーがあって、それを「どうやって売っていこう」っていう考え方ですね。

 

──店名の印象と違って、食べてみると意外に繊細なカレーなんですよね。

 

f:id:exw_mesi:20190928222023p:plain壬生:そうですね。欧風カレーをベースにアレンジをかけているので。こういうスタイルのカレーが、本当の「日本のカレー」なんじゃないかなと思います。

 

──繊細なのに量もちゃんとありますし。

 

f:id:exw_mesi:20190928222023p:plain壬生:うちのお客様ってすごく舌が肥えてるんですよね。いわゆる「オタク」層のひとたちは量も食べますし、味にはかなりうるさい。
そのなかでちゃんと評価をしてもらってるというのは、「飲み物。」シリーズ成長の大きな力になってるんじゃないかなと思いますね。

 

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▲公式サイト上の壬生さんはちょっと雰囲気が違う

 

オーソドックスなゴシック体に込めた意味

──店名には「〇〇は飲み物。」以外の候補はあったんですか?

 

f:id:exw_mesi:20190928222023p:plain壬生:いや、これしかなかったですね。「カレーは飲み物。」を作った2012年にはすでにSNSが流行り始めていたんで、工事の段階で看板が付いたら、みなさん写真を撮っていくんです。それを見て「これはいけるんじゃないか」っていうのはすごくありましたね。

 

──SNSでの拡散については、最初から意識していた?

 

f:id:exw_mesi:20190928222023p:plain壬生:そうですね。僕自身はSNSをやってないんですけど、そういう時代になっていくのはわかっていたので。看板に注目してもらうっていうのは、雑誌『宝島』の連載「VOW(バウ)」のイメージですね。ちょっと面白い看板なんかを撮って投稿するっていう。

 

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──看板の色やフォントは簡潔というか、デザイン性があまりないですよね。

 

f:id:exw_mesi:20190928222023p:plain壬生:看板のフォントはあえてやっていまして。というのも、僕らのなかで「どこにでもある食材を工夫で美味しくする」っていうテーマがあるんです。
特別なものを使って特別なことをやったら、それは美味しくて当たり前だと思いますが、その「特別なもの」がなくなったら、その商品が成立しなくなる。

 

だからよくある食材を、人にはできない工夫とか手間をかけてサービス化することで、長く生きる商品づくりをする。そういうのもあって、オーソドックスなゴシック体のフォントでの表現がちょうど合っていたかな、と思っています。

 

──店名にしろ看板にしろ、そうした方向性を打ち出すのに不安はなかったんですか?

 

f:id:exw_mesi:20190928222023p:plain壬生:不安っていうか、「反対があったほうが正解」っていう感覚が昔からありまして。ふつうなら反対するじゃないですか。でも、そうすることで競合がいなくなったり、意外とすんなりいけたりするっていう感覚ですね。

 

「カレーは飲み物。」の1号店を出すときも、スタッフから「冗談でしょ?」とか「電話にどうやって出ればいいんですか?」みたいな話はありましたけど、「いや、『“カレーは飲み物。”です』って言えばいいじゃん」って(笑)

 

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▲カレーのトッピング。10種類から3つを選ぶ

 

──トッピングが数種類のなかから選べて、しかも追加料金なし。これは当初から考えていたものですか?

 

f:id:exw_mesi:20190928222023p:plain壬生:そうです。これも一種の(飲食業界への)アンチテーゼなんですけど、ふつうトッピングするとどんどん高くなるじゃないですか。軽く1,000円を超えちゃう。
個人的にも、お支払いのときに予定していた金額とギャップがあるのはすごく嫌だなと思っていたんで。そこへの逆張り的な発想からのスタートですね。同一料金でお得感をつけて、あとは味を変化させてたっぷり食べてもらって、というところです。

 

「もう商品はなんでもいいじゃん」の境地へ

──カレーから、とんかつ、焼きそば、ハンバーグへと広がっていったのはなぜですか?

 

f:id:exw_mesi:20190928222023p:plain壬生:カレーってオペレーションがすごく簡単だから多店舗化には向いているんですよ。実際、「カレーは飲み物。」がすごくヒットしたことで出店を加速させていくんですけど、そんな中でカレーの大会がありまして。
純粋にうちのカレーの反応を確かめたくて出てみたんですが、あきらかにダントツの行列だったのに3位だったんです。


その時に「カレー1本で頑張っても、商業的な大会で評価が左右されるってどうなんだろう? 同じことをずっとやり続けるのって意味あるのかな、面白くないな」って思ってしまいまして。
そこから「飲み物。」シリーズを展開したわけです。

 

僕たちの店名の“飲み物”って“概念”なんです。商品はなんであれ、「美味しくて、お得で、お腹いっぱいになれる」っていうことが、フードビジネスにおいてすごく大事なことなんだって気づきまして。
もう、商品はなんでもいいじゃん」みたいな。

 

そんなわけで、カレーの次は「とんかつは飲み物。」、その次は「焼きそばは飲み物。」ときて、今年は「ハンバーグは飲み物。」を出しました。

 

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▲2019年4月にできたばかりの「ハンバーグは飲み物。」

 

目標とするのは地元・南信州のソウルフードメーカー

──意識していたり、目標としている会社はありますか?

 

f:id:exw_mesi:20190928222023p:plain壬生:僕の地元・長野県に伊那食品工業っていう会社があるんです。寒天のメーカーなんですけどね。

 

──寒天?

 

f:id:exw_mesi:20190928222023p:plain壬生:「『かんてんぱぱ』の会社」って言ったら、長野の人はみんなわかります。地元のソウルフード的なおやつなんです。寒天の粉に味が付いていて、それを水に溶かして、冷蔵庫で固めるんですけど。

そこがめちゃくちゃいい会社なんですよね。経営理念が「年輪経営」で、いきなりじゃなくて、年輪のように少しずつ成長していくっていう方針でやっているんです。目標というか、憧れみたいな感じですね。

 

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▲『ミュージック・マガジン』の表紙風に加工された壬生さん 

 

──ハンバーグの次の「飲み物」はもう考えているんですか?

 

f:id:exw_mesi:20190928222023p:plain壬生:10種類くらいは作ろうかなと思ってるんですけど。商品は僕らの共通の概念に沿ってやっていけるものだったらなんでもいいんです。スイーツでもいいし、サラダでもいいし。
たとえば「俺はビーフストロガノフがすごい好きだ」っていう気持ちがあって、知識も調理技術もあって、哲学を持った“ビーフストロガノフオタク”みたいな人がいれば、「ビーフストロガノフは飲み物。」を出しますし。


あとは、「飲み物。」シリーズとは別なんですけど、オタク用語で「推し」って言葉があるじゃないですか。“推しメン”とか。今、あの“推し”をテーマにしたドリンクスタンド推しのいる生活。」をやろうと思っています。

 

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▲完成したばかりの「推しのいる生活。」ロゴ

 

──「僕の推しはイチゴミルク」みたいな?

 

f:id:exw_mesi:20190928222023p:plain壬生:いえ、ドリンク自体への「推し」ではなくて。コンセプトは、美味しい飲み物を通して“推し”がいる生活を豊かにする。池袋での“推し事”やオタ活の止まり木として、楽しく使っていただけるカフェにしたいですね。

 

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なるほど壬生さんは、2つの面を持つ人でした。

 

ひとつは、販売するものは「概念」に合うものだったらなんでもいいという大胆さ
インタビューでは紹介しきれませんでしたが、コアな常連さんが東京から地元・山梨に帰ることになったとき、「『カレーは飲み物。』を出店したい」と壬生さんに訴えたことをきっかけに、甲府への出店を決めたというエピソードも。
そういう、「よし、やってみるか」で突き進む大胆な面があるのです。

 

もうひとつは、客が飽きないよう工夫し、「どうすれば知ってもらえるか」を計算し尽くす緻密さ。繊細に作られたカレーを、おもしろ店名や目をひく看板といった“スパイス”を加えて届ける「技」をも持っています。

 

きっと、その2つの面を巧みに見せたり隠したりすることで、「飲み物。」シリーズをここまで育ててこれたのでしょう。

 

お店情報

カレーは飲み物。 池袋

住所:東京都豊島区池袋2-19-3
電話:03-6912-8823
営業時間:11:00~カレーが無くなるまで/17:30〜カレーが無くなるまで
定休日:無休

https://nomimono.co.jp/

 

www.hotpepper.jp

「回転レストラン」を知っていますか?【存続危機でも、今なお回り続ける楽園へ】

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▲photo by Alpsdake,J o,RJD,Alpsdake,タッチ

 

私は子どものころ、回転レストランが大好きでした。

地元・千葉県の柏や船橋にある回転レストランに連れて行ってもらい、「お店が回る」という不思議な体験に、テンションが上がったことをいまも思い出します。

 

しかし日本のファミリー層を楽しませてくれた回転レストランはいまや激減し、現在も回転稼働しているのはあとわずか(※なお、この記事での回転レストランは、広く「回転機構を持った飲食店」を指す)

その残り火をともす数少ないお店の一つへ、片道3,030円の格安高速バスに揺られて出かけました。

 

いざ、天空の「まわる喫茶室」へ

やってきたのは神戸市須磨区にある須磨浦山上遊園。目的のお店は、園内の山頂にあります。

10時前に着くと、団体客がすでにロープウェイ乗り場の入り口で並んでいました。

 

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駅のすぐ目の前には海が見えます。なんだか死ぬときにふと思い出しそうな、ウソみたいにキレイな光景。

ここから2つの乗り物を乗り継いで、山頂をめざします。

 

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▲1957年に開業したロープウェイに乗って……

 

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▲“日本一の乗り心地の悪さ”で人気の「カーレーター(ベルトコンベアを使って人を運ぶ登山用交通機関)」に乗り……

 

古くて懐かしい乗り物に運ばれた山の上に、それはありました。

 

1958年に誕生した回転展望閣

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年季の入った建物。それもそのはず、この回転展望閣ができたのは1958年。そこから内部が現在の形になったのは1991年のことでした。もっとも、その間に売店が存在した時期もあったそうです。

1階はジュークボックスのある休憩所、2階はレトロゲームの多いゲームセンター。そして3階に「喫茶コスモス」があります。

 

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▲なお、100円/小人(小学生)50円の入場料がかかる

 

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笑顔が魅力的な須磨浦遊園株式会社の専務取締役・森秀幸さんにお話を伺いました。

 

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──なぜ展望室を喫茶にしたんですか?

 

森秀幸さん(以下、森):もともとは長椅子を置いていただけでしたが、一周回るうちにのどが渇く人もいらっしゃるので、「それでは喫茶にしよう」と思いまして。

 

──ちなみに、ふつうの喫茶とちょっとテーブルの配置が違いますね。

 

森:窓側一列だけにテーブルを置いているので、どこの席からでも景色を見られるんです。

 

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▲長椅子を置いていた時代の写真

 

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▲いまでは外側一列にだけテーブルを置いている

 

──しかし、すごくいい景色ですね。これはデートにもバッチリです。

 

森:ありがとうございます。ちなみに姫路のほうにもお店があったんですけれども、もう閉鎖しちゃって。兵庫ではもうこことポートタワー(清酒ラウンジ「SAKE TARU LOUNGE」)くらいです。

 

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明石海峡大橋と淡路島も見える

 

「1周45分でもまだ早い」

──回転させるための電気代はどれぐらいかかっていますか?

 

森:個別でどれぐらい、というのは出ないんですが、すべて電気で動かしているのでそれなりにはかかりますね。

 

──じゃあ入場料を払うのも仕方ないですね……!

 

森:そうですね、入場料を払っていただく代わりに、何もオーダーしなくとも回転展望室を楽しめますから。

 

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──ちなみに、数年前に回転速度をゆるめたってホントですか?

 

森:ゆっくり景色を見ていただくために1周45分から、55分にしました。それでも、まだ早いという方もいらっしゃいますよ。

 

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▲ゆるやかに風景が移り変わる

 

レギュラーメニューの一番人気はエビピラフ

──ちなみにこのお店の一番人気のメニューはなんですか?

 

森:もうこの夏はしらす丼でしたね。しらすは季節限定なので9月には終わっちゃったんですけれども。近くの垂水漁港で獲れたものを使っていました。 

 

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──ちなみにレギュラーメニューだとどうですか?

 

森:常時置いているものでは、エビピラフ(単品650円/セット870円)ですね。

 

──エビピラフ! 意外な名前が出てきましたね。

 

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▲素朴かつクセになるおいしさのエビピラフ。行楽地のレストランならではの、万人ウケする味わい

 

森:あとカレーライス(単品650円/セット870円)は2年前ぐらいから提供している人気メニューですね。

 

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──う~~ん、期待を裏切らないおいしさです。観光食堂としてちょうどいい味ですね。

 

森:あくまで軽食ですから。

 

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▲食後のプリン(500円)も注文。甘くてやさしい生クリームと相まって、子どものころのハレの日の味がした

 

コースターは地元の名画家のもの

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──このコースターもかわいいですね。

 

森:ここができたときからあって、施設の絵が描かれています。

 

──女の子が座敷わらしみたいで独特のかわいさです。集めたくなりますね。

 

森:ケント紙を彫って絵を描く「彫画家」の伊藤太一さんの作品で、持って帰る方もいますよ。地元の神戸新聞さんもこの方の風景画をよく使っています。

 

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▲須磨浦山上遊園のマップにも伊藤さんの絵が使われていた

 

──ほかにも園内にはたくさんの遊具や施設がありますが、「喫茶コスモス」ってどんな存在ですか?

 

森:この建物自体が目印になるので、園のシンボルみたいな存在ですね。園内で一番標高が高い地点でもあります。

 

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──特に見てほしい風景はありますか?

 

森:春は山全体に咲きわたる桜です。それに良く晴れて視界のいい日は大阪湾が向こう岸まで一望できるので、楽しんでほしいですね。

 

──すごくいいですね!

 

森:海は季節によっても違うし、日によってもぜんぜん違って見えるので、来る度に楽しんでいただけます。中には「船がここから消えるまで追いますわ」っていう気の長い方もいらっしゃいます。

 

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もう部品のストックがない?

──回転の操作って、どんな形でやっていらっしゃるんですか?

 

森:ターンテーブルを電動のローラーで回しています。

 

──それっていま、メンテナンスしてくれるところも少ないのでは?

 

森:点検は当社の社員が日常的にやっていますが、古い施設なのでむずかしいところですね。何しろもうストックしている部品がないんです。

 

──えええ……!

 

森:だから、ちょっと傷んだ古い部品を、もう一回使えるように再生しています。

 

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▲1958年から回り続ける回転展望閣

 

──なるほど……そのほかに苦労はありますか?

 

森:ここでイベントをするとき、ステージを組むのに「この景色をバックにしたいから、ここで回転を止めよう」とするんですけれども、1周まわるのに55分かかるので、準備に時間がかかります(笑)。

 

──「あれ、止めるの忘れてた」ってなったら、また55分かかってしまいますね(笑)。

 

森:あと山に道路がないので、ものを持ってくるのはすごく苦労するんですよ。食材や什器を持ってくるときはロープウェイかカーレーターを使うしかないので。

 

──さっき乗った、揺れが激しいあれを使うんですね……大変。

 

森:デカいものはいよいよかついで階段で上がっていかざるを得ないので、あれでもまだマシなんです(笑)。

 

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回転レストランが減り続けるワケ

──ちなみに、なぜ回転レストランは減ってしまったと思いますか?

 

森:おそらくですが……さっき言ったメンテナンスの問題や、窓側にしかテーブルを置けずに席数を増やしづらいことが理由なのではないかなと思います。

 

──お店は儲けなくちゃいけないですからね。

 

森:どうしても商売なので、回転を止めてテーブル数を増やすことにした店もあるのかもしれない。

 

──採算面を考えると、ずっと営業するのはむずかしいと……。

 

森:さらに利益を出そうと通路側にも席を増やせば、今度は窓際との不公平が生まれます。そうなってしまうと、肝心の回転を止めることに行き着きますからね。

 

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──こちらのお店は、どうでしょうか……?

 

森:長い年月回しているので、いずれ改修することになるかもしれません。部品ってそんなに長持ちしなくて、それを補修しながら続けてもお金が高くついちゃいますから。

 

──きびしいですね、できるだけ続けていただけたらうれしいのですが……

 

森:こちらとしてもなるべく続けたいですね。昔は遊園地や回転レストランもたくさんありましたが、だんだん淘汰されていっています。
そんな中で街の中ではなく、山の頂上にあることで、都市と自然の光景が両方楽しめるのはウリだと思っていますので。

 

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何十年ぶりに来る人の「思い出」を守りたい

──やはりお子さま連れが多いですか?

 

森:ファミリー層も多いのですが、それ以上に目にとまるのはカップルですね。中には「数十年ぶりに来たよ」っていうご年配の方もいます。近隣の方は、小学校のときに遠足でいらっしゃってますから

 

──それは思い出の場所になりますね。

 

森:県外に嫁いだりなんかして、帰省時に来られる方もいらっしゃいます。もう60年以上やっていますからね。

 

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──ちなみに神戸は阪神・淡路大震災がありましたが、トラブルはなかったですか?

 

森:園内にはそこまで被害がなかったんですけれども、最寄りの山陽電鉄やJRの駅には被害が出て、その影響でここも長らくお休みしました。約半年後の7月に駅が再開したのに合わせてようやく営業再開できましたよ。

 

──それは本当に大変でしたね……! でもそこから立ち直って、24年後のいまも続いていてよかった。

 

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▲ロープウェイから見た山陽電鉄・須磨浦公園駅

 

──それにしてもここ、ホントにゆっくりしやすい雰囲気ですね。

 

森:はい、のんびりゆっくり楽しんでいただけたらと思っています。別に2時間いようが「出て行ってください」なんて言わないですから(笑)。1月1日には初日の出を見たいお客さんのために特別営業をするんですが、お昼までいらっしゃる方もいますよ。

 

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──最後に。このお店を守り続ける中で、一番大事にしていることはありますか?

 

森:施設のメンテナンスや接客をしっかりして、お客さんを出迎えることです。今年で60歳(60周年)の歳を召したこの施設を懐かしんで、「ここが思い出(の場所)や」と言ってくれる方を大事にしたい。
そうした方々が今度はお子さんやお孫さんを連れてきていただいて、彼らがまた来てくれるようになったら最高ですね。

 

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お店情報

喫茶「コスモス」

住所:兵庫県神戸市須磨区一ノ谷町5丁目3番2号
電話:078-731-2520
営業時間:10:10~17:30(季節により変更あり)
定休日:火曜日

www.hotpepper.jp

www.sumaura-yuen.jp

 

【四川料理のスゴい人】家庭のキッチンの火力で「プロ並みのチャーハン」をつくる方法

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一般家庭のキッチンの火力でも、おいしいチャーハンができるんです

四川料理のスゴい人、日本橋「リバヨンアタック」料理長の人長良次(ひとおさ・よしつぐ)さんに、一般家庭のキッチンで五目チャーハンを間違いなくおいしく作る方法を聞いてきました。

 

www.hotpepper.jp

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:一生懸命考えてですね、ご家庭のキッチンの火力でベストのチャーハンを作るためのポイントを3つに絞りました。

 

  1. チャーハン専用のお米の炊き方にこだわる
  2. チャーハン専用チャーシューを作る
  3. 玉子とお米の炒め方のポイントを知る

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:この3ポイントで、お店レベルの五目チャーハンをご自宅でも作れると思います。

 

──ほほう、チャーハン専用のチャーシュー? それは興味深い。

 

「チャーハン専用ご飯」を炊こう 

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【材料】無洗米2合(約300g)でご飯を炊く場合の水の量 

  • 浸水(1時間)させる場合:水290~300cc
  • 浸水なしの場合:水350~360cc

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:ご飯をチャーハン専用に炊きます。なんでかっていうと、普通に炊くよりもチャーハン用に炊いたほうが、より手軽に簡単に作れるんです。

 

──チャーハン用にご飯を炊くなんて発想はなかったです。これは、おいしさよりも手軽さを目指してのことなんですか。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:うーん。おいしさと手軽さ両方ですね。普通のご飯だと、どうしても水分が多くてベチャベチャになりやすい。一般の人でもプロと同じような感じでパラパラかつしっとりなチャーハンを作るために最適なご飯の炊き方を見つけたんです。

 

──おお、マジすか!

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:今日は無洗米を使います。もちろんこのまますぐ炊いてもいいんですが、できれば、お水に浸水しておいて欲しいんです。お米に水を吸わせてないと、中に若干の芯が残る。食べたときにそこがちょっと固いなと感じるんですね。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:ここに1時間お水に浸した無洗米があります。浸水させない場合は水の量を350~360ccにすると近いものができます。もちろん時間がない人はそれでいいんですが、ちゃんとしたものを作りたいんだ! という人は、ぜひ「1時間浸水」にチャレンジしてください。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:浸水させたお米2合に対して、お水290ccです。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:僕の炊飯器です。家から持ってきたんですよ(笑)。たいていの炊飯器には無洗米の目盛りがあるんです。この目盛りの「ちょい下」まで水をいれます。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:ここ、ここね。計量カップがない人はここの目盛りの「ちょい下」だと思ってください(笑)。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:これを炊きます(ピー)。35分。時間がもったいないんで早炊きモードで炊きます。今回はこのために何回も試作してきて出した炊き方なんです。これじゃない、あれじゃないって、結局チャーハンを8回くらい作りましたよ(笑)。

 

──いつもありがとうございまーす。

 

「チャーハン専用チャーシュー(1人前・40g)」を作る

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:適量の豚肩ロース肉を1.5センチの厚さに切って、タレに1時間漬け込み、フライパンで表10分、裏10分ほど焼きます。

 

【チャーシュー材料】

  • 豚肩ロース肉(ブロック) 適量
  • 醤油 240cc
  • 砂糖 150g
  • オイスターソース 70g
  • もろみみそ 50g

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:チャーシューを焼きましょう。今回は豚肩ロース肉(ブロック)を使います。

 

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──ずいぶんとでっかい肉ですね(笑)。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:こんなのスーパーで買えないよってときは、こっちでもいいです。スーパーで売ってるパック入りの豚肩ロースです。

 

──よかった。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:なんなら、カレー用の角切りの豚肩ロースってスーパーで売ってるじゃないですか。あれでも大丈夫です。

 

──ホントですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:そこは、漬ける時間だけを調整してくれればいいです。それはそれとして、この肉、せっかくだから切りますか?

 

──切ってるところを見せたいくせにー。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:あー、うん、まあね(笑)。さ、脂を取っていきます。

 

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──その脂がおいしかったりするんですよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:もっといいブランド豚、たとえばイベリコとかアグーとかだったらいいんですけどね。ウチのお店だと切り落とした脂身をスープに入れたり。

 

──あっ、それもいいですね。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:あと、お店は焼売も全部手作りで提供しているんですけど、焼売のアンコにこれをボイルしたものを刻んで、ちょっと入れたりします。

 

──それはちょっとうれしい豆知識。マネしたいです。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:おいしいっすよ!

 

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──ところでチャーシューって煮て作っているお店もあるじゃないですか。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:チャーハン用のチャーシューに関しては、絶対に焼きましょう。お店の場合、煮るチャーシューはチャーシュー麺に使っています。前菜で出す炙りチャーシューも、煮チャーシューです。

 

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──なんと? チャーシューを目的別に作り分けているんですか。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:はい。チャーハン用のチャーシューにするなら絶対「焼き」がうまいです、絶対! ここはもう、譲れないっ。お店のはスチームコンベクションオーブンで焼きますけど、今日はフライパンでできるチャーシューなので、ご安心ください。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:豚肩ロース、切る厚さは1.5センチです。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:切ったお肉をこのフォークでブスブス穴を開けて、味が入りやすくします。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:しつこいくらいに刺しましょう(笑)。ひっくり返して反対側も。どりゃー。

 

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──親の仇のように刺しますね。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:そしたらこれを1時間タレに漬け込みます。次にタレを作りましょう。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:タレのポイントは、この「もろみ味噌」。もろみ味噌って、大麦とか麹が入ってるんです。この麹がお肉を柔らかくして、あとこの味がコクや深みを出してくれるという。これ、スーパーで100円くらいで売ってますから。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:ボウルにお砂糖150グラム。

 

──150グラム(笑)。すごい量だ。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:お醤油を240cc入れます。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:オイスターソースを70グラム。

 

──けっこうな量のオイスターソースを入れるんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:ケチらずいきましょう。最高のチャーハンのためです。次にもろみ味噌が50グラム。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:これを混ぜ混ぜします。中の砂糖がしっかり溶けるまで混ぜるのが目安です。チャーシューって作るのが大変そうなイメージですけど、実は下準備は「混ぜて漬けるだけ」なんです。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:で、ここにお肉を漬けるんですが、肉に対してタレが多すぎるんじゃないかという場合もあるでしょう。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:ビニール袋に肉を入れて、タレを入れて。こうするとタレが半分でできます。

 

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──タレを作る量が半分でもオッケー?

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:そうです。いっぱい作りたい人はそのままの量で。もみもみして、空気を抜きます。くるんとして縛って、1時間ほど漬けておきます。

 

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──さすがの手つき。驚異的に空気が抜けますね。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:そして1時間経ったものがこちらでーす(笑)。

 

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──まあ! なんというお手際っ。これ、今回のチャーハンに使うチャーシューの量としては40グラムですけど、作るときはもっとたくさん作ってもいいということですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:さっきのスーパーの角切りの肉を使うと、もっと少ない量の肉でも作れますし、その場合はタレの量を加減してもらうといいですね。
これは1.5センチ厚で1時間ほど漬けました。カレー用のお肉とかであれば30分で味は入ります。小さい方が早くタレが染み込みます。でも、お肉が大きいと見た目も楽しいですし、なによりジューシーにできあがります。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:残ったタレは冷凍しておくとまた使えるので、作りすぎても安心です。砂糖と塩が多く入っているので、凍らないんですよ。

 

──ああ、不凍液になるんだ。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:シャーベット状になりますので、そのまま肉を漬けてもいいですね。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:さっそく焼いていきましょう。クッキングシートをフライパンに敷いてください。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:お肉をのっけてから、火を点けます。フライパンを熱くしてからだと火傷しやすいので。火はいったん全開(強火)です。

 

──このための1.5センチ厚なんですね。これ以上厚くなると……。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:焼き時間が長くなってしまいますね。私の実験結果だと、1.5センチの肉の場合で表10分、裏10分でいい感じになりました。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:お肉のまわりの表面がパチパチしてくるまで強火です。ほらここ、パチパチいい始めましたよ。パチパチしたら中火にして、タイマースタートです。

 

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(5分経過)

 

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──チャーシュー、すごくいい香りがしますね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:もちろん、スーパーやコンビニで売っているチャーシューを使っても大丈夫なんですけど、今回は「基本的な五目チャーハンをご家庭でおいしく作りたい」というのがまず最初にあって。チャーハンで大事なことって、ご飯がパラパラしてることも大事なんですけど、僕は味のキモとなるチャーシューが一番大事だと思っているんです。

 

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──このお店でも、チャーハン用のチャーシューだけ別に作ってるほどですもんね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:そう、それ。みなさんにもそれを体験してもらいたい! なので、ちょっと手間なんですけど、チャーシューを焼くというところからやっています。中華料理って、8割が準備なんです。残りの2割で仕上げるんです。
僕らのお店でもそうなんですけど、スタッフみんながその8割のことを集中して用意してくれて、僕が2割の仕上げをやらせてもらってる。中華は下準備が大事。だからこそ、オーダーが入ってからパパッと作れるんです。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:そろそろ10分。こんな感じです。

 

──おおー。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:ディス・イズ・チャーシューって感じでしょ。ひっくり返したらちょっと弱火にしてあげて、これでまた10分です。

 

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(10分経過)タイマー:ピピピピッ

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:チャーシューが焼けました。ほらほら、もろみ味噌の麹が良い感じに焼けて、すごく香ばしいですよね。甘みだけじゃなくて、ほどよい香ばしさ。これがうま味になってくるんですよ。 

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:あ。大事なことですけど。これ、焼けてもすぐには切らないでほしいです。なぜなら、肉汁が出ちゃうから。常温になるまで冷ましておいてから、切る。すると肉の中にちゃんとうま味が凝縮された状態になります。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:右が焼きたてのものです。左が冷ましたもの。ここまで温度が落ち着いてくると、切っても肉汁が逃げちゃうことはないです。

 

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 f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:1.5センチのチャーシューをさらに半分の厚さに切ります。

 

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──うっわー、きれーい! きれいな断面ですよ。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:これをこのままこうやって。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:細切りからの、小さい角切りにします。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:角切りにする理由は「食べやすいから」「混ざりやすいから」ですね。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:このチャーシューも全部は使わないので、残りはラップで包んで冷凍して何か別の料理に使ってもいいし、おつまみにして食べてもいいです。今回のレシピに使うチャーハン専用チャーシューは、もちろん市販のもので代用してもいいんですが、ぜひこのレシピでチャーシューを作ってみて欲しいですね。仕上がりが違いますから。

 

「最高のチャーハン」の仕上げ①:具材を刻む、卵を溶く

【材料・1人前】

  • 角切りにしたチャーシュー 40g
  • 万能ネギ 10g
  • 高菜 10g(漬物ならだいたいOK。野沢菜、たくあん、ザーサイなど)
  • 卵Lサイズ 1個

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:ご飯を炊いて、チャーシューを焼いてる間に、材料を切っておくといいですね。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:そしたらネギ。10グラムですね。なんならスーパーにあるカット済の青ネギ、あれ買いましょう。僕もよく買います。それはそれとして、今日はもう万能ネギを用意しちゃったんで切りますね。このくらいのみじん切りにします。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:次に、漬物を刻みます。要は、チャーハンに漬物を入れるということがポイントなんです。味がすごく出て、それがすごくおいしいので。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:今日は高菜の漬物を使ってます。けど、野沢菜とかタクアンとか、コンビニでもザーサイとかが売ってますよね。おつまみの。なんでも大丈夫です。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:その代わり、ぬか漬けとか柴漬けとか、いぶりがっことかね。クセの強い漬物は避けましょう。せっかくおいしいチャーシューを使っているのに、そのおいしさとぶつかってしまうんです。僕がオススメしたいのは高菜の漬物ですね。

 

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──これもみじん切りですね。漬物を刻むのは三拍子のリズムなんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:重ねて切ったじゃないですか。ズルっと滑ったりしたら危ないので、短めの三拍子にしました。実はこないだ、手を切っちゃったんですよ。スライサーを掃除しててズルって。包丁で切らないで、そういうとこで切っちゃう。気を抜くとケガしますね。おっちょこちょいなんで。はい、切りものはこれでおしまいですよ。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:卵を割って。すぱーん。シャキーン!

 

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──なにそのポーズ?

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:殻が入らないように丁寧にやることで、自然になってしまうポーズです。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:卵を溶いてください。カラザ(※たまごを割ったときに卵白に混じっている白いひも状のもの)が嫌な人は外してください。僕は気にしません。

 

「最高のチャーハン」の仕上げ②:「慌てずに、ゆっくり」炒める

【材料】

  • ご飯 200g(お茶碗1杯分)
  • 塩 1g
  • 胡椒 適量
  • サラダ油 大さじ1(15cc)
  • 料理酒 小さじ1(5cc)
  • 醤油 小さじ1(5cc)

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──さあさあ、あとはご飯と炒めるだけですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:あっ、ここ注意。炊けたご飯はすぐには使わず、10分くらい蒸らしておくとおいしいです。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:ご飯が200グラム。茶碗だいたい1杯強くらい。ちゃんと計りましょうね。作るときは、できれば1人分、この量でやってほしいんです。めんどくさいですけど、作るのは1回3分でできるんで。おいしく作りやすいのがこの量なんですよ。

 

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──やはりチャーハンは作り始めると電光石火の早業でできたりするんですか。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:いやいや。今回は焦らずゆっくりチャーハンを作る方法なんです。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:まずサラダ油を大さじ1入れます。火を点けます。強火の全開にしてください。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:フライパンが温まると油が流れるようになるので、卵を入れる前に火を消します。火を消してから、卵を入れるんです。

 

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──ジュウともいわない。温度が低い。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:そしたら。スパテラで、いーち、にー、さーん、しー、ごーって言いながら、ゆっくり混ぜます。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:ゆーっくり混ぜてください。1往復を2秒くらいのゆっくりさです。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:この、オムレツの出来損ないみたいな感じにしてください。強い火力で、菜箸ですばやく混ぜるとパラパラのスクランブルエッグみたいになっちゃうんです。火を止めた状態で、ゆっくり混ぜるのがポイントです。

 

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──ああ、なるほどたしかに「まとまってないオムレツ」みたいです。生オムレツというか。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:で、ここに先ほどつくった炊きたて熱々のご飯を入れます! 茶碗大盛り、200グラム。

 

──生オムレツの上にご飯ですね。まだ火は点けないままですか。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:まだ火は点けずにお願いします。で、ご飯を切るようにして混ぜます。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:これこれ。この感じ。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:卵が全体に馴染んできました。

 

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──あっ! こりゃ半熟オムレツに熱々のご飯を混ぜ込むメソッド。チャーハンレシピの二大派閥、「先に卵を炒める」と「TKGを作って炒める」の中間、新しいチャーハン派閥「半生オムレツに炊きたてご飯を混ぜる」の誕生ですか! マジやべえ。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:ああ。ちなみに焼きTKGはですね、両面を焼き固めて、もろみ味噌を塗って食べるとおいしいですよね。

 

──そんなん……ぜったいうまいやん。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:ここに具を入れます。まだ火は点けてませんよ。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:チャーシューが4、ネギが1、高菜が1。4:1:1。この黄金比を覚えておいてください。いままで僕がやった中でベストな比率なんですよー。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:高菜が多すぎるとしょっぱくなっちゃうし、ネギが少ないと風味がなくなっちゃうし。4:1:1がベストでしたね。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:お塩、ひとつまみです。ドバッと入れないで、全体にまぶす。味がひとつのところに偏って「しょっぺ!」ってなるんで。均等に入れてください。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:胡椒。適量ですね。チャーシューと漬物でうまみ要素はそろっているので、塩、胡椒、そして仕上げの醤油以外に調味料は使いませんよ。

 

──意外です。なんか中華調味料とかが必要なのかと思ってました。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:具材だけで充分おいしさが出ているので、使う理由がないんです。はい、ここでやっと火を点けます。ここまではガマンして、火を止めているんです。そしていまから火は全開(強火)にしてください。

 

──ぜんぜん慌てないで作れてますね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:ご飯を炊く水の量をうまく計ってやっているので、慌てなくてもおいしくできるんです。ご飯と水の計量がここで生きてくるんですよ。

 

──なるほど、チャーハン専用のご飯を炊く意味がここで。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:ちなみにお店の場合、火力が強いので、チャーハンはオーダーされてから1分で作れるんです。家庭のキッチンだとそんな火力、ないじゃないですか。その条件でどうやっておいしく作ろうかってなると、ご飯の炊き方だったり、卵の入れ方だったりでちょっと工夫をすると。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:全体に火が入るように混ぜながら炒めます。炒めの目安は、えーと、2分ですね。こう、湯気が出てきます。ご飯や具が温まってきた証拠ですね。強火で炒めて水分が飛んでる状態。もうけっこうパラパラになってきたでしょう。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:炒め終わったら1回火を消して、味をみます。

 

──醤油を入れる前に味見、と。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:うん、オッケー。ここでチャーハンをドーナツ状にしてください。真ん中に穴を開けまーす。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:また火を点けて。ここも強火にしてください。お醤油、小さじ1杯を、ここ(ドーナツの穴)に入れて、ジュッとお醤油を焼いてください。

 

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──うわー! 醤油を入れても、すぐには混ぜないという。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:醤油を強火で焼いてから、混ぜてあげるんです。すると醤油の香ばしい香りが立ってくる。

 

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──醤油が焼けていい香りがするーっ。いわゆる「鍋肌から注ぐ」の理屈を、こうやって別方向から再現できるんすね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:ご家庭の場合は火力が弱いんで、鍋肌からだと香ばしく焦げる前にすぐ混ざっちゃうんですよ。せっかくなら香ばしくしたいじゃないですか。

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:最後にお酒(料理酒)を小さじ1。水でもいいですけど、お酒のほうが香りがいいんですね。ただし、お子さんに食べさせる場合は水のほうがいいですね。火力の問題でアルコールが飛び切らないかもしれないので。

 

──醤油はフライパンで焼きますが、お酒はチャーハン全体にふりかけるんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:米にお酒の蒸気を吸わせてふわっとさせるんです。パラパラかつしっとりしたチャーハンになります。で、お酒を入れたら火を止めて完成です。お醤油は香りの役割。お酒はチャーハンを「ふわっとさせる」ための役割です。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:僕のイメージするチャーハンは、「パラパラだけど、しっとりしてる」。それをモットーとしてお店でずっと作ってます。パラパラだけどしっとりしてるチャーハンをご家庭でも再現するために、最後にお酒を入れました。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:これで完成です。

 

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食べましょう

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──なにやら禅僧のような佇まいですが、たぶんカメラテストのときの写真ですね。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:いい感じでできました。おいしいー!

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:なによりこれが家庭用のフライパンで、家庭の火力できるというのが楽しい。

 

──料理人としては自分でもびっくりですか。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:驚きですよ。もう、カセットコンロの火力でいいじゃんって思いますね。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:今日のポイントはこれこれ。このチャーハン専用チャーシューです。チャーハンの味の決め手はチャーシューなんです。チャーハン専用にチャーシューを焼くってことを、みなさんにも試してみてほしいんですよね。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:以前この連載で作ったラー油をトッピングにするのもおすすめなんです。

 

www.hotpepper.jp

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:特製ラー油の、この粉の部分を……ですね。

 

──マットな質感ですわー。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:ラー油の底に沈んでいるこの粉を、オンします。で、まぜまぜして。

 

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──あらあら。そんなにたくさん。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:うん、うまい、辛い、めっちゃ辛い! これはうまいっしょ。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:先に辛くないのを食べて感動して、そして味変でラー油で辛くして。また感動ですよ。

 

──か、感動とは。僕も食べていいすか。(もぐもぐ)わあああ、チャーシュー、納得です! 正直、あんなにゆっくり炒めて大丈夫かと思ってましたが、いやいやちゃんとパラパラでしっとり。そして今日イチ感動したのは「半生オムレツにご飯を混ぜ込む」チャーハン第3の派閥の誕生ですよ。

 

おまけ

人長さんのお店で使うチャーハン用のチャーシュー作りを実演してもらいましたよ。

ちょうど仕込みがあったのです。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:タレにつけておいた肉です。赤いのはですね、えーと、いろんなものが入ってます。秘伝のタレが。秘伝の材料はプロ用なので入手できません。今回紹介したレシピは、もろみ味噌をその代用にしているんです。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:中国では赤は縁起がいい色でして。それに食欲も誘いますし。赤くしたいので漬けダレに色味を入れています。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:スチームコンベクションオーブン(以下・スチコン)のバットに並べます。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:このチャーシューはお店で単品では出してなくて、チャーハンのためだけに作ってるんですよ。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:こちらのスチコンで焼きます。蒸気の熱で調理するプロ用のマシンです。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:スチコンのブザーが鳴ればチャーシューを裏返す時間です。取り出してひっくり返して、また裏面を焼くと。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:完成。チャーハン専用に焼いてるチャーシューです。おいしそうに撮ってくださいねー。

 

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──こう撮ると食材じゃなくて電車みたいですね。大崎の車両基地っぽい。おもしれえ。

 

f:id:Meshi2_IB:20190926183552p:plain人長:……おいしそうに撮ってくださいね。

 

人長さんが作った「プロの五目チャーハン」が食べたくなったら

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▲五目炒飯(ハーフ 715円・フルサイズ 1,045円)

 

最近は『メシ通』を読んだお客さんが来てくれることが増えたというリバヨンアタック。

ある日など、お客さんから「シェフを呼んでくれ」とお声がかかり、テーブルに行ったら「一緒に写真撮ってください、妻がファンなんです」なんてこともあったという。

そんな人長さんのお店、リバヨンアタックに行って、専用チャーシューで作られたプロスペックの五目チャーハンもぜひ味わってみていただきたい!

 

撮影:沼田学

 

お店情報

リバヨンアタック

住所:東京都中央区日本橋室町3-4-4 OVOL日本橋ビルB1F
電話番号:03-3548-0840
営業時間:ランチ/月曜日〜土曜日11:30~15:00(14:30 LO)、祝日11:30~14:30(14:00 LO)
ディナー/平日17:30~翌0:30※金曜日のみ翌1:00まで(23:00 FLO/24:00 DLO)、土曜日17:30〜翌0:00(23:00 FLO/23:30 DLO)、祝日17:30〜22:00(21:00 FLO/21:30 DLO)
定休日:日曜日(20名様以上のご予約の場合は、営業させて頂きます)

www.hotpepper.jp

 

あの頃食べたアイス、覚えてますか?〜アイスを見れば時代がわかる〜

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おおおッ!

 

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おおーーッ!! 

 

エッセル。なつかしいなあ……。

 

2019年9月に出版された『日本アイスクロニクル』(辰巳出版)は、眺めてなんとも楽しい本だ。年代別にまとめられた、昭和、平成をいろどった主要なアイスの数々。おこづかいをやりくりして、コイン握りしめアイスを買いに行った「あの頃」が、ページごとによみがえる。忘れていたアイスと共に、昔々の自分もよみがえってくる。

日本アイスクロニクル (タツミムック)

日本アイスクロニクル (タツミムック)

  • 作者: アイスマン福留
  • 出版社/メーカー: 辰巳出版
  • 発売日: 2019/08/05
  • メディア: ムック
 

 

アイスの歴史はイノベーションの歴史

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『日本アイスクロニクル』の作者は、アイス評論家として活動されているアイスマン福留(ふくとめ)さん。この本を作られた思いやきっかけなどをうかがいに、彼のもとをたずねてみた。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190921211326p:plainアイスマン福留(以降、アイスマン):令和元年というタイミングで、昭和と平成のアイスの歴史、そしてアイス文化をまとめておきたいという気持ちがありました。アイスってそういう資料がすごく少ないんですよ。アイスメーカー自体が昔の商品資料を持っていないことも多いんです。新商品の開発がとにかく大変ですから、旧商品に関してまとめておくとか、そういうことが難しかったようで。

 

──本書には写真と共に、商品それぞれに関する膨大なデータも収められてますよね。これらはどうやって調べたんですか。

 

f:id:Meshi2_IB:20190921211326p:plainアイスマン:アイスの業界新聞を大量にお借りして、1つ1つ洗い出していったんです。発売されたものを年代順にエクセルでまとめていって。結果、それぞれの商品のことが分かったのと同時に、業界でその年にどんなことが起こったのか、好まれたアイスの傾向だとか、どうしてこういう商品が誕生したのかなどの背景も、おのずと分かりました。あと、自分が忘れていたことを思い出すのにも役立ちましたね。

 

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▲各ページの「アイストピックス」欄には豆知識が盛り込まれており、業界の突っ込んだ話題も

 

──年代ごとのページに配された「アイストピックス」欄(上写真参照)に、そのあたりの情報をギュッと詰め込まれてますね。日本のアイス史を振り返られて、個人的に印象的だったのはどんなポイントでしたか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190921211326p:plainアイスマン:やっぱり1972年の『イタリアーノ』発売ですかね。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190921211326p:plainアイスマン:雪印や森永、明治などの乳業メーカーが主だった業界に製菓会社のロッテが参入してきて、他社が動物性脂肪にこだわっていた時代に、植物性脂肪を売りにして「ラクトアイス」を発売、ヘルシーなイメージと手ごろな価格で強烈なインパクトを与えたんです。ロッテって、その後も『雪見だいふく』『クーリッシュ』など、乳業メーカーが思いつきにくい、ユニークなアイディア商品を打ち出してくる企業なんですよ。

 

──読み進めるとその翌年、翌々年に雪印や森永(エスキモー)がラクトアイスを発売しているのが興味深いです。『メロリー』や『ロマーナ』って商品名、覚えてる方も多いんじゃないかな。

 

アイスの個性化・ブランド化が確立した'70年代

──さて福留さん、「時代ごとの日本アイスの傾向」って、どんな感じなんでしょうか。この本は昭和はじめから60年代までをひとまとめにして、つぶさに見ていくのは70年代からにしていますね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190921211326p:plainアイスマン:日本でアイスの工業生産がスタートしたのは大正時代で、昭和10年代には雪印乳業からカップ入りアイスクリームが販売されます。そのあたりからアイスが日本人にとって身近なものとなり、しばらくは特に個性のない時代が続きます。商品名もなく、ただ「バニラ味のアイス」「チョコ味のアイス」といったような。

 

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──そこから今の時代につながるような進化を遂げるのは?

 

f:id:Meshi2_IB:20190921211326p:plainアイスマン:やっぱり昭和39年(1964)の東京オリンピックあたりから。1960年代に入って、だんだんとアイスの個性化/ブランド化も進み、昭和45年(1970)の大阪万博を境にしてさらにアイスは進化します。

 

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──それまでのシンプルなアイスから、パッケージも洗練されて、ネーミングも凝ったものが増えてくるんですね。クロニクルとしてまとめられているから、そういうのがすごくわかりやすい。

 

f:id:Meshi2_IB:20190921211326p:plainアイスマン:そして70年代は、一般家庭に「冷凍庫つき2ドアタイプの冷蔵庫」が普及したことによって、ホームサイズのプレミアムアイスも定着していきます。その代表格が『レディーボーデン』(発売当時は明治乳業)ですね。

※現在はロッテから販売されています。

www.lotte.co.jp

 

──憧れでした、ぜいたくなイメージで。

 

f:id:Meshi2_IB:20190921211326p:plainアイスマン:もともとは明治乳業とアメリカのボーデン社が提携して発売したもので、高級アイス市場を席捲し、シェア5割をにぎったとも言われています。その後はいったん消滅しましたが、94年にロッテが復活させて以降、今でもシリーズが続いています。また70年代のビッグヒットといえば、やはり1978年発売の『宝石箱』(雪印)は欠かせませんね。

 

──聞き手の私は1975年生まれですが、幼稚園のとき食べたのを強烈に覚えています。やはり大ヒット商品なのですね。その理由はなんでしょう?

 

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▲この大人なパッケージが妙に憧れだった

 

f:id:Meshi2_IB:20190921211326p:plainアイスマン:CMキャラクターに大人気だったアイドル、ピンクレディーを起用したのも大きいと思います。パッケージもすごいですよ、当時食品に黒を使うのはきわめて稀なこと。インパクトも大きかった。味は3種類あって、バニラアイスの中にそれぞれストロベリー(ルビーのイメージ)、メロン(エメラルドのイメージ)、オレンジ(トパーズのイメージ)のつぶ氷が入っています。

 

──宣伝と包装の相乗効果もあったんですね。本を読んで、大地真央が2代目CMキャラクターだったことを思い出しました。『宝石箱』以外でも、本書内では宣伝用のポスターがたくさん見られるのも魅力ですね。

 

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▲アイスマン福留さんの膨大なパッケージコレクションの一部より

 

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▲こういう紙のパッケージも丁寧に保存。恐れ入る……

 

アイス文化がバブった'80年代

──さて、80年代はどうでしょうか。

 

f:id:Meshi2_IB:20190921211326p:plainアイスマン:アイス百花繚乱の華やかな時代です。製造技術も向上したこともあり、企画性の高い、面白いアイスがさまざまに生まれました。バニラアイスをもちで包んだ『雪見だいふく』はその代表格のひとつですね。1981年発売。大ヒットにあやかって、各社からいろんな「だいふくアイス」が出たんですよ。

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──59ページに後続製品がたくさん掲載されてて、その頃『京だいふく』(明治)が好きだったことを思い出しました。パッケージ見られて感激です……当時小学1年生でしたが、当時のこともいろいろ思い出されました。

 

f:id:Meshi2_IB:20190921211326p:plainアイスマン:現在でもシリーズが続いている『ガリガリ君』が出たのも1981年です。子どもたちが遊びながらかき氷を片手で食べられて、2層構造でアイスキャンデーとガリガリのつぶ氷感を同時に楽しめる、というのがコンセプト。実はすごい技術なんですよ、これ。

 

──いまや赤城乳業の代名詞的な存在になっていますもんね。

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▲こんなのアリ? といった商品もどんどん世に生まれた。'80年代はまさにアイスのバブル期といってもいいだろう

 

f:id:Meshi2_IB:20190921211326p:plainアイスマン:またバブル時代は、採算と同時に「遊び」も重視され、それを商品化できた時代と言えます。これまた赤城乳業ですが『ラーメンアイス』(上写真参照)なんてそのいい例。麺をイメージしたアイスと、メンマ型のゼリー、本物のグリーンピースやナルトがトッピングされていました。赤城乳業って会社はもともと「遊び心」をすごく大事にしている会社で、現在の『ガリガリ君』の展開にもそれはよく表れてますね。

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▲膨大なコレクションの中から、非常にレアなパッケージをセレクトいただいた。これ、いくつ知ってる?

 

'90年代以降はコスパとプレミアに二極化

──続いて、90年代をお願いします。

 

f:id:Meshi2_IB:20190921211326p:plainアイスマン:バブルが終わって、時代とともにアイスも落ち着いてくるというか、「安くてたっぷり」が主流になってきます。1994年の『明治エッセルスーパーカップ 超バニラ』(明治)は象徴的な商品。100円カップアイスでは究極ともいえるおいしさを実現し、200mlの大容量。革命的な存在でしたね。

 

──記事の冒頭にあげたエッセルが進化したんですね。いまではエッセルという名前より「スーパーカップ」という名前のほうが一般的。時代と共に形態を変えて存続していることを、この本で再認識しました。

 

f:id:Meshi2_IB:20190921211326p:plainアイスマン:「安いけど質は重視」というコンセプトはそのまま現在の2000年代にも続いていきます。同時に「たまのごほうび」的な、高級感あるアイスとの二極化が、現在の日本アイスの状況といえますね。

2000年代を代表するアイスをひとつ挙げるとすれば、『パルム』(森永乳業)でしょうか。チョコとバニラアイス、双方の融点を考え抜いて、口の中で溶け合うなめらかさが計算されています。チョココーティングは『ピノ』で培った技術が応用されているようですよ。

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──駆け足でしたが、日本アイス史めちゃくちゃ興味深かったです。

さて、我々が日常的にアイスを楽しむ上で知っておくといいことなどあれば、教えてくださいませんか。

 

f:id:Meshi2_IB:20190921211326p:plainアイスマン:アイスって賞味期限がないものなんですが、やっぱり味はどんどん劣化します。だから、いくらお気に入りでも大量に買い置きするのはおすすめできません。ただ、週イチで新作が入ってくるサイクルのものすごく早い世界なので、おいしいと思ったらすぐまた買っておいたほうがいい、という面もあります。

 

──う、それは兼ね合いがむずかしい(笑)。1週間以内で食べきるぐらいが目安でしょうかね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190921211326p:plainアイスマン:消費者が新しいものを求めすぎて、サイクルが早くなりすぎている傾向もあります。好きなもの、ずっと売ってほしいと思うものは、どんどんメーカーにレスポンスしてほしいですね。

 

──思いは伝えなきゃですね。いろいろ教えていただき、ありがとうございました。

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思い出のアイスは『スーパーマンロケット』

最後に、アイスマン福留さんに「個人的に最も印象的なアイスは?」とたずねてみた。帰ってきたのが『スーパーマンロケット』(マーメイド、現在は終売。下写真参照)という答え。小さい頃、駄菓子屋でそれはそれはよく買ったのだそう。

 

f:id:Meshi2_IB:20190921211326p:plainアイスマン:キャップを開けるとき、かなりの確率でアイスがコーンから取れちゃうんですよ、もう食べづらくてしょうがないのに、なぜかよく買っちゃう(笑)。

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▲このパッケージに見覚えある方いませんか?

 

そうそう、昔のアイスって今みたいに食べやすくなかった。フタをあけてからしばらくはガッチガチでスプーンもささらなかったり、食べてるうちに下から中身が溶けだしてくるコーンアイスとか、あったなあ。でも、また買っちゃうんだよな。

 

アイスマン福留さんは昭和48年(1973)、東京都の足立区は竹ノ塚の生まれ。

 

f:id:Meshi2_IB:20190921211326p:plainアイスマン:駄菓子屋さんがたくさんありました。エビせん買うか、梅ジャム買うか、アイス買うか、いつも迷って。

 

そしていつも、アイスを選んだのだろう。アイス評論家を名乗るようになったのは2010年、コンビニアイスに特化したサイトを制作し、そこから輪が広がってテレビにも出演、現在はアイスクリーム万博「あいぱく」などのイベントプロデュースも手掛けている。 

あいぱく公式サイト:https://www.i-89.jp/

 

いつの日か、令和のアイスクロニクルも書かれるに違いない。その頃人気があるのは、一体どんなアイスだろうか?

 

火山の島で農業を続けるということ。とある農園主の「喪失」と「再生」の物語

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日本には、その地域独自の食材や料理がありますよね。

僕がライフワークとして巡っている離島にも珍しいものはたくさんありますが、東京都の島々・伊豆諸島には、特産品と言える「明日葉」なる万能食材があるのをご存知でしょうか。

 

セリ科の野菜で独特の苦味があり、その用途もさまざま。伊豆諸島では、天ぷらやおひたし、ツナマヨ和えなどの料理から、粉末にしたものを蕎麦やうどんといった麺類に練り込んだり、さらにはソフトクリームやクッキーなどのスイーツにまで使われ、ご当地グルメやお土産として親しまれています。

 

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▲明日葉料理の一例(「『西野農園』明日葉スタッフ」のInstagramより)

 

東京の島の特産品なのにまだまだ知られていない明日葉ですが、生産・加工・販売までを一貫して行っている農園が三宅島にありました。

 

さっそく注文してみたところ、注文翌日の朝摘まれた明日葉が、首都圏なら船さえ出れば二日後くらいにはもう届く。
ラップをとって水につけて、縦にして冷蔵庫で一晩寝かせておけば、葉っぱがぶわっと広がってすごい量になるんですよね。まさに今採ってきたばかりのような瑞々しさに感動したんです。

 

縁もゆかりもない三宅島でゼロから農業を

そうしたきっかけから今回お伺いしたのが、「西野農園」さん。三宅島の北西部、伊豆地区にある工場の併設された事務所内で、最近商品化されたという焙煎明日葉茶をいただきながら、代表の西野直樹さんにお話を伺いました。

 

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──西野さんは、元々三宅島の方ではなかったんですよね? なぜ移住先に三宅島を選ばれたんですか?

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野直樹さん(以下、敬称略):海が好きだったので、東京水産大学(現・東京海洋大学)に行きまして、卒業後は水産関係の仕事に就きました。
それなりに忙しくしていてやりがいもあったんですが、サラリーマンとしてずっと働き続けるよりも「自然の中で自然相手に仕事したいな」という気持ちが強くなっていったんです。

 

そして29歳の時、結婚もしたばかりだったんですが、会社を辞めてどこかに移住しようと考えました。伊豆諸島なら海も山もあり自然が豊富で、東京からそんなに遠くないし、その中でも真ん中あたりの島がいいかな、という感じで、あまり深く考えずに三宅島を選んだんです。

 

──そうだったんですね。西野農園さんのホームページを拝見したのですが、最初は漁業関係のお仕事をされていたんですよね。

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:ええ、水産大学出身だったので。

 

──それがなぜ途中から、農業を始められたんですか?

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:漁業だけだと天候に左右されやすく、時化(しけ)も多くて、収入も安定しないんですね。一家で暮らしていくには不安だったので、それなら農業かな、と思ったんです。
その当時、レザーリーフファン(通称レザーファン)という、生花やフラワーアレンジメントに使われる切り葉の栽培が伊豆諸島で盛んだったので、私も栽培を始めました。

 

そうこうしているうちにもっと収入が必要になってきたので、ユリなどの栽培も始め、漁業よりは安定して売上を立てられる農業の方に比重が移っていったということです。
当初は漁業6:農業4くらいの割合だったのが、だんだん農業のほうが大きくなり、漁業2:農業8くらいでずっとやってきました。

 

──農業は全く未経験だったんですよね?

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:まあ、最初は見よう見まねで(笑)。

 

──レザーファンとユリでは、育てるノウハウも違ったりするじゃないですか。当初は色んな方に聞きに行ったり手伝いに行ったり、という感じだったんですか?

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:自己流の部分も多いですね。特にユリは、島でほとんどやってなかったですしね。

 

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▲ハウスで育てられるユリ(写真提供:西野さん)

 

──島の他の農家から「作り方を教えてほしい」と言われたりしなかったんですか?

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:言われなかったですね。島ではお金をかけて行う農業って、あまり一般的じゃないんですよ。
球根を購入して、ハウスに植え付けて、灯油を炊いて……と、設備投資やランニングコストもかかりますし、それでいてリスクも大きい。島の人は普通、そんなことはやりたがらないです。

 

──そこまでのことをしたのはなぜですか? 島であれば日もよく当たるし、育ちやすい作物は他にいくらでもあったと思うんですが。

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:そういう作りやすいものを作って売っていくというのは、販路は市場になるわけです。市場に出荷するというのは、値段を決められてしまうということ。
「市場外流通で付加価値をつける」という方法でないと、私のようなゼロから島で農業をする人間が収益を上げることは、なかなか難しいと判断しました。

 

──なるほど、だから市場出荷ではなく、「産直」なんですね。

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:それが今の明日葉にもつながっていくんです。

 

──他に明日葉を栽培してる方はたくさんいらっしゃいますが、「自分のところで加工して、市場を通さないで消費者に直に届ける」というのが、一番最初から変わらない、西野さんのスタンスなんですね。

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:こういう中山間地、離島などは、農作物は作ろうと思えば作れるんだけど、売るのが難しい。だから市場に任せよう、というのが一般的です。
それに、昔から島で農業をされてる方は、自分の土地があって、家もありますが、私は“Iターン”、つまり新規就農者ってわけです。
自分で土地を借りて、ハウスを作って、投資するとなると、収益率がある程度高くないと成り立たないんですよ。市場外流通から得られる収益で、費用をかけた分の借金を返していきました。

 

噴火からの全島避難と再起、帰島後の苦戦

──その後しばらくは、レザーファンとユリ栽培でうまく回ってたんですよね。

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:ええ。しかし、それが2000年の三宅島の噴火で何もかもなくなってしまい、借金だけが残ってしまったんです。
そうすると、普通のことをやってももう返せないんですよね(笑)。

 

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▲周期的に訪れる三宅島の噴火は、景観にもよく表れている

 

──普通に考えたら「もう農家をやめようかな」となります……。もしよければ、その辺りのこともお伺いしたいんですが。噴火後は、島民全員が島外へ避難となりましたよね。

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:最初は家族全員で本土(東京都内)に避難しました。当初は噴火の影響が長引かないと思ったからだったんですが。
それが長期化するとわかって、本土で待ってても仕事があるわけでもないし、再建する見通しもない、借金もあるしで、ひとまず三宅島に近くて環境も似ているところで同じような仕事を再開して、避難解除になったらまた三宅島に戻ろう、と考えました。
そこで、八丈島に移ったんです。

 

──三宅島の時と同じように、お花の栽培を始められたと。八丈島に移ってすぐに農地は見つかったんですか?

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:八丈島の知り合いに、島の農業への影響力を持ってる方がいらして、相談したらハウスを貸してくださったんです。再開してすぐということもあり、八丈島では規模が限られていたので、ユリに絞って栽培を始めました。

 

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▲八丈島へ移り、ユリ栽培を再開した頃(写真提供:西野さん)

 

──最初は西野さんお一人で八丈島に移ったんですか?

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:避難していた時は、単身で八丈島に移ってユリ栽培をして、途中から女房も八丈島に来て二人でやってました。
4年半経って全島避難解除があって三宅島に戻り、こっちでもユリを再開したんです。ところが、当時は火山ガスの影響で島と本州を行き来する飛行機が使えないという状況でした。お客様が欲しいときに開花するように出荷するものなので、海況によって欠航することがある船ではだめなんです。

 

それで、三宅島でのユリ栽培は断念。八丈島のみで栽培を続けたのですが、避難解除されて数年の三宅島の土地は、やはり火山ガスが多くてレザーファンなども育てられない状況でした。そんな島で何をやればいいのか、考えなければならなかった。
そこで、火山ガスに強くて伊豆諸島の特産物としての知名度もあるということで、明日葉の栽培を選択したんです。

 

──そこから明日葉栽培が中心となっていくんですね。

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:まずは島に戻って明日葉栽培を始めるんですが、私には多くの借金が残っていました。最初に三宅島で、次に避難中の八丈島で、再び三宅島に戻ってきてからの三度、投資しているわけです。
それに加えて、家も土地も買っていますから、金額にすると数千万円くらいの借金になってしまったわけです。

 

──凄まじいですね……。ゼロからスタートどころか、マイナスからのスタートを二回も経験されてるわけですね。でも、島に戻った直後は火山灰などで農地は荒れてるわけじゃないですか。復旧などはどうしたんですか?

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:噴火は災害なので、国が事業として農地の復旧まではしてくれるんです。残っていたハウスなんかは朽ち果てて瓦礫みたいになっていたので撤去し、雑草に覆われていたのでそれも刈り取って、耕して、農地へと戻していく。

 

綺麗にしてくれたのでそれはよかったんですが、ハウスも何もかもなくなってしまったので、そこからまたやり直さないといけない。それにプラスして借金を返さなきゃいけないということなんですが、普通のやり方では返せない。
どうするかというと、明日葉を加工して付加価値をつけ、消費者に買ってもらうしかない、と。

 

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▲西野農園さんが栽培した明日葉や島唐辛子を利用した加工品の数々

 

──加工品づくりのためにはまず明日葉栽培を開始するところからだと思いますが、全島避難解除が2005年ですよね。農地が回復して明日葉の栽培を開始したのはいつからですか?

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:2006年から植え付けを開始しました。加工工場を作るのに1,200万円くらいかかったんですが、債務超過なのでお金の出処がないわけです。

 

── そんな額を、一体どうやって融資してもらったんですか……?

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:三宅島の七島信用組合の方で、私の融資を噴火以前の最初の頃から担当してくださった方がいらっしゃるんですが、その方が周りを説得して融資をしてくださったんです。それがあったから、明日葉の加工品のための工場を作ることができたんですね。

 

──人の縁に救われたんですね。明日葉の加工品を始められたのは、いつからですか?

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:2007年くらいからですね。乾燥させた明日葉を粉砕機で粉にするんですが、粉にしたものをアルミパックに手詰めして、それをインターネットで売り始めました。とはいえ、最初はそんなに売れないので赤字です。
八丈島の友人が宣伝に協力してくださって、そこから2年くらいで伸びていって、3年目には黒字となりました。

 

──3年で黒字って、島で新しい事業を始めたということを考えると、すごいと思います。

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:明日葉を自分のところで栽培し、加工して、販売して、っていう人がそんなにいなかったからじゃないかな。お米なら結構いますけどね、ある意味恵まれていたというか。

 

明日葉栽培の知られざる苦労

──また三宅島に戻ってきた辺りのお話を伺えてよかったです。現在は明日葉をメインに栽培されているわけですが、「三宅島でよかったな」と思うことってありますか?

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:それについては、明日葉畑を見ながらお話しましょう。

 

西野さんはそう言って、加工工場兼事務所から車で5分ほどの明日葉畑に案内してくれました。
島を一周するメインの道路から、山側の細い脇道に入ってしばらく行くと、林を切り開いた畑が広がっていて、島の方であろうお年寄りが畑仕事をしている最中でした。

 

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f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:こちらの方は関さん。私なんかよりずっと明日葉に詳しくて、色々お任せしてやってもらってます。

 

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▲関さんは、笑顔が人懐っこい島のおじいさん、という印象

 

──明日葉は好きなので何度も食べているのですが、こうやって畑を見るのは初めてです。

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:現在、明日葉の栽培は八丈島と三宅島、両方でやっているんですが、八丈島は明日葉の生育には適したところで、生産性は高いです。三宅島は生産性で言えば少し落ちるものの、八丈島に比べて病害虫が少ないですね。農薬を使わなくても作りやすいと言えます。

 

──三宅島に限らずですが、伊豆諸島全体で火山灰土などの土壌が明日葉に向いている、ということはありますか。

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:ええ。向いているから自生していて、特産品になるわけですね。

 

──自生しているものと、栽培したものとで、柔らかさとか味に違いがあったりするんでしょうか。

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:そこの木に囲まれて半分日陰になる畑の明日葉は、「密植」と言って少し詰めて植え、肥料も欠かさないようやります。そうやって管理して育てると、生鮮用に向いた柔らかく美味しい明日葉に育ちます。
逆に粉末などの加工品にするものは、日向で大きく育つよう広く植えます。加工するので、葉が固くなっても大丈夫です。

 

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──育てる畑によって違うんですね。

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:生鮮用は、市場出荷ではなく産直なので注文が入るたびに畑に行って収穫しているため、まとめて収穫ということはしていません。茎から新芽が出て開いたばかりのものを、手で刈っていきます。
芽が開いていないものは出荷できないので、これくらいになるまで待ちます。

 

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f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:さらに2、3日たって芽が開ききって固くなってしまうと、生鮮用としては出荷できなくなります。加工品にする場合は、そういったものを大きく育ててから収穫するんです。

 

──生鮮用はそんな手間がかかってるんですね。

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:普通の野菜は株ごとバサッと刈り取りますが、生鮮用の明日葉は出荷に適したものが各株にぱらぱらと出ているので、選びながら収穫しないといけないんです。なので、どうしてもお値段が普通の野菜より高くなる。

 

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▲実際に柔らかい新芽を摘みながら生鮮用明日葉について教えていただいた

 

──よく明日葉は「今日摘んでも明日新しい葉が出てくるから明日葉」と言われていますが、実際はどうなんですか?

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:確かに明日葉は「今日摘んで明日芽が出る」と言われていますが、出荷できる状態になるわけではないんです。

 

──さすがにそこまでものすごいスピードで育つわけではないんですね。

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:明日葉は、秋に種を撒けば冬に芽を出して、春に大きくなって、早いものは春の後半ぐらいから、普通は秋くらいから本格的に出荷を開始します。種を蒔いてからは、1年弱くらいで収穫できるようになります。
多年草なので、通常は2年くらいで花が咲いて枯れるんですが、生鮮用は密植して小さいうちに収穫しているので、花が咲くまで大きくなるのにはもう少しかかります。一つの株で、生鮮用はおよそ3年くらい、加工用に大きく広く育てているものは2年くらい、収穫を続けられます。

 

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──西野さんなりの明日葉の栽培のこだわりはありますか?

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:うちの明日葉は生鮮用・加工用とも、無農薬で育てています。農薬は使っちゃだめとかいうのはなくて、使う人は使うし、使わない人は使わない。でもそれが市場出荷になると、「農薬を使ってないものが欲しい」と消費者が思っても、パッと見はわからないんですね。

 

それに、農薬は食べる人よりも、撒く人のリスクが大きいです。濃度の濃いものを大量に撒くので、それを吸ったりしたときのリスクは大きい。そういうことを、自分はしたくないし、働いている人にもしてほしくない。
伊豆諸島は明日葉の原産地で自生もしているし、品種改良もされていないので、一般的な野菜よりは病害虫には強いのも特徴です。なので、農薬を使わなくてもなんとかなります。

 

──生産者の顔がわかって、どうやって作っているのかもわかる、というのはこれからさらに求められると思います。

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:そうですね。うちの場合は作った人が分かるし、毎年残留農薬検査もしているので、農薬を使っていないということもはっきりしています。それに、産直なので新鮮。その代わり、値段は他のより少し張ります。

 

青汁ブームで生産量増加から一転、また振り出しに

──生鮮明日葉の販売を始められたのは最近ですよね。

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:2018年からですね。

 

──今まで販売してこなかったというのは、なにか理由があるんですか。

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:手間と、採算性ですね。他の農家さんが出荷している従来の市場に流通させても、採算が合わないと感じていたんです。
島の一般的な農家さんは家族経営なので人件費をあまり意識されていないのですが、うちは従業員を抱えているのでそのコストの問題が大きかったですね。

 

──今このタイミングで始められたのは、加工品が軌道に乗ったからというのがありますか?

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:それだけではないですね。ここ数年、様々な変化があったんです。
うちは当初から加工品を個人のお客様に直接買っていただいて、少しずつ売り上げを伸ばして黒字化しました。ここ数年は青汁ブームもあり、原料としての明日葉の引き合いも強くなって。
明日葉を個人のお客様向けの商品にするのではなく、乾燥チップのまま業者さんへ卸すという需要が伸びてきたんです。機械も創業時は3台体制でしたが追いつかなくなって、2台増やしました。

 

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▲明日葉粉末の原料となる乾燥させた明日葉

 

──まさにブームが追い風になった形ですね。

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:一昨年から去年は青汁業界全体が原料不足だったようで、色んなところからうちに注文が来ていたんです。
ところが、ブームを先導していた会社が消費者庁から景表法違反の指摘を受けた影響が大きく、うちの売り上げもガクッと落ちたわけです。なので、今年は追加した機械を動かしてないんですよ。

 

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──ええー……あっという間にブームが終わったんですか。

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:ブームに乗ってうちの青汁用原料生産も増えていったんですが、去年はそれが激減したわけです。それで別の販路を考えなきゃいけなくなった。
そこで、「生鮮明日葉の販売を考えてみようか」となりました。始めたばかりで、これからどうなっていくかはまだわからないですが。

 

──僕と同じように、注文して感動するお客さんって結構いるんじゃないかと思うんです。

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:ありがとうございます。そういうお客様をどれだけ増やせるかが、今の課題ですね。値段的にも決して安くないものなので、それで満足してくださるお客様が例えば300人、500人と集まれば、軌道に乗っていくかなと思います。

 

持続できるコンパクトな経営を目指して

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▲最近商品化された焙煎明日葉茶をいただきながら、インタビューさせていただいた。独特の苦味がクセになる

 

──ところで、西野さんが考える、一番美味しい明日葉の食べ方ってなんですか?

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:食べて美味しいっていうと、天ぷらですね。自分で作ると美味しくならないんですが(笑)

 

www.instagram.com

▲明日葉の天ぷら(「『西野農園』明日葉スタッフ」のInstagramより)

 

──ええっ、そうなんですか(笑)

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:ちゃんとしたプロというか、料理の上手な方にかかったらやっぱり美味しいですね。自分でやるとベチャってなっちゃうんですよね。

 

──シソの天ぷらが好きな方って、明日葉の天ぷらもきっと好きになってくれると思うんです。

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:そうですね。生鮮の産直も、個人の方だけではなく、天ぷら屋さんなどの料理店や居酒屋さんに使ってもらえるような、販路の開拓ができればやってみたいな、と思っています。
それと、島唐辛子を八丈島で作ってるんですが、それの販路開拓もやりたいですね。

 

──やはり後は販路と認知ですね。西野農園さんのFacebookページもあるじゃないですか。あちらは細かく更新されてますよね。明日葉を使ったレシピ集が充実していて、参考になります。

 

www.facebook.com

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:そういうのを見ていただいて明日葉を楽しんでもらえたらと思っていますが、やっぱり島なので送料がネックなんですよね。明日葉6束で送料込みの3,000円です。

 

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▲今年に入ってからは、オーストリアの大学の研究で明日葉に含まれる成分「カルコン」にアンチエイジング効果があると発表され、注目されつつある

 

──単に6束と聞くと少なく思えるんですが、実際には結構使い出がありました。量がかなりあって、うちでも二人で「こんなに毎日食べられるんだ」って驚きました。

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:そうなんです、それに他の野菜に比べて日持ちします。ひと束500円を高いと感じる人もいるし、500円の価値があると思ってくれる人もいます。その500円で買い続けたいという人に、どうやって認知を広げていくかが課題ですね。

 

──最後の質問なんですが、これからの西野農園さんとしての目標があったら教えてください。

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:そうですね、経営的にはまだスケールが小さすぎると思ってます。自分としてはコンパクトな経営はいいと思ってはいますが、小さすぎると持続していけない。

 

──なにかあったら維持できない、と。

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:そうです。安定して持続できてなおかつコンパクト、というところまでは行けていない。農地や作物の量と売上も足らない。それを実現するために、生産量を上げるのと販路を広げる、両方ともまだちょっと足らないかなと。

 

──今も農地を開墾されてますよね。

 

f:id:exw_mesi:20190904175700p:plain西野:やはり農地をもっと広げていきたいですね。明日葉の加工品を買ってくださる健康食品ファンのお客様も、生鮮を買っていただくお客様も増やしたいし、青汁原料は青汁原料で増やしていきたいし、飲料メーカーさんとの提携も進めていきたい。
あとは、明日葉そのものの認知度がまだまだ高くないので、そこをなんとかしたいです。

 

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▲去年開墾した畑には、育ち始めた小さな明日葉が並んでいた

 

──西野農園さんのホームページもリニューアルされましたし、Facebook、Twitterも細かく更新されています。少しずつですが、これからファンも増えていくと思います。ぜひ頑張ってください。ありがとうございました。

 

三宅島は、およそ50年周期で噴火を繰り返す島だと言われています。その噴火のたびに、島の人は自然への畏れを抱きながら、それでも島で生きるという選択を続けてきたのだと、西野さんのお話を聞きながら考え込んでしまいました。

この島の明日葉が、いつか日本全国でも普通に買える日が来るのを楽しみにしたいと思います。

 

www.nishino-farm.com

 

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