朝もやの中をチリンチリンと走り抜ける牛乳配達の自転車。日本の原風景とも言うべき、さわやかな風景だ。
しかしこの牛乳配達、いまはどうなっているのだろうか? 最近配達している自転車をとんと見ないし、「苦戦している」との話を聞いた気もする。
やはりコンビニが発達し、ネットスーパーが普及したいま、サービスとしては縮小・消滅の一途をたどっているのだろうか。
気になる牛乳配達のいまを解き明かすため、業界シェア1位の「株式会社 明治」本社へやってきた。
加入軒数はV字回復していた!
▲「株式会社 明治」マーケティング本部 ニュービジネス部 ニュービジネス2Gの小池康文さん(右)と、広報部 広報グループの堤祐介さん(左)
──まず、牛乳配達をしている世帯はいまどれだけありますか?
小池さん(以下敬称略):うちでは3,000店の販売店さんが250万軒のお客さんに配っています。全メーカーを合わせると546万軒ほどなので、国内シェアの約45%ですね。
──ほぼ半分!
小池:全世帯だと9.7%、10軒に1軒は牛乳をとっています。
──昔と比べるとどうですか?
小池:ピークが1976年の約350万軒です。そこからスーパーとコンビニが増えて、1980年代に約120万軒まで落ち込みました。しかし90年代に宅配専用商品を作って営業力を強化して、また250万軒までV字回復しました。
──回復しているんですね……! 驚きました。
大きな武器が「宅配専用商品」
小池:中でも宅配専用商品が人気で、圧倒的な一番人気は「(明治プロビオヨーグルト)R-1」のドリンクタイプですね。乳原料にこだわった商品設計となっています。
──そうなんですか?
小池:市販品と比較すると、乳原料を変えることでこだわりのコクを出しています。食べるタイプだと「(明治プロビオヨーグルト)LG21」は低温で長時間発酵して、まろやかな食感に。R-1も市販品と比べ、もっちりとした食感にしています。
▲人気商品のLG21とR-1。通常版と成分のちがう宅配専用商品
──なるほど……なぜ宅配商品では味を変えているんですか?
小池:宅配で毎日おいしく飲み続けられるようにするためですね。「習慣化しやすい風味」にこだわって味作りをしているんです。
牛乳より売れるものがある
小池:一番人気のR-1のドリンクタイプは、宅配牛乳の主要層である高齢者はもちろん、30~40代の若い方にも人気ですね。
──ちなみに二番目は?
小池:「ミルクで元気」です。低脂肪タイプの乳飲料で、カルシウムと鉄分が1日分入っています。
──ふつうの牛乳がいちばん人気かと思ったら、違うんですね。
小池:栄養成分を強化していない無調整の牛乳は、スーパーとの差別化がむずかしいですし、「○○が1日分入っています」というほうがおすすめしやすいです。
▲ベーシックな「おいしい牛乳」、残念(?)
コーヒー&フルーツ牛乳はあまり売れない?
──ちなみにコーヒー牛乳はどれだけ売れていますか?
小池:宅配は健康価値を訴求する商品のほうが売れるので、コーヒーやフルーツなどの嗜好品はそこまで数が出ません。
──そうなんですね……!
小池:ただ温浴施設の自販機などでは人気で、1日7万本ぐらいは売れますね。
──ちなみに「明治フルーツ」が無くなったワケは?
小池:それも時代の流れで、機能性がそこまで高くはない、いわゆる“嗜好品”が売れなくなって。銭湯では人気でしたけどね。
──健康志向には勝てなかった……。
▲終売がネットニュースで話題になった「明治フルーツ」
小池:ただ、終売の際に多くのニュースで取り上げていただいた途端、爆発的に売れてですね……前から買ってくださいよって(笑)。
──(笑)。 買ってくれれば無くならなかったのに……。
堤さん(以下敬称略):ちなみに代替品じゃないですけれども、新たにペットボトルで「フルーツ」を出しました。
──そうなんですか? もう飲めないと思っていましたが……。
堤:宅配商品ではないですが、ペットボトル入りを発売しました。厳密に言うと中身は違いますが、同じコンセプトの商品です。
紙キャップと木箱→プラスチック化で機能大幅アップ
──牛乳が入る箱って木の箱のイメージがありますが、今も同じ箱ですか?
小池:いまはプラスチック三層構造の箱になりました。圧倒的に保冷効果が高くて、蓄冷材を入れれば40度の中で8時間持ちます。そのおかげで昼や夕方の配達も可能になりました。
──ビンの形状は昔のままですか?
堤:20年ほど前から新しいビンになりました。さらに紙のキャップもポリエチレン製になっています。
──牛乳ビンといえば紙キャップのイメージですが……。
小池:いまのポリエチレン製のほうが密閉性がとても高く、さらにシュリンクを巻き付けて汚れやホコリをガードできます。
──安心感がありますね。
小池:異物混入もすぐ発見できます。倒しても中身がこぼれませんし、軽くて女性のパートさんやお年寄りでも持ちやすいですよ。
▲軽量ビンは耐久性も約3倍アップ
地方は牛乳配達が盛ん
──日本で牛乳配達が盛んな地域はどこですか?
小池:うちでいうと、島根や広島、福井、長野、鳥取、滋賀、山口、富山あたりですね。地方のほうが宅配は盛んです。
──なぜ地方が?
小池:一軒一軒訪問して営業をかけているのですが、物件・家賃などの固定費を抑えられる分、営業にかける投資額は都市部より大きくなるので、販売店さんの規模も大きくなり、その分お客さんも増やせるんです。
また、地方では営業活動が難しいオートロックのマンションが少ないことも大きいですね。
──最近はどんな人が宅配牛乳をとるケースが多いですか?
小池:60歳以上が7割で、女性が多いです。一軒一軒を訪問する形でご在宅の方にアプローチをすると、必然的にシニアの方が多くなるんです。
──都心でもそうですか?
小池:基本的には同じ傾向ですけれども、都市部では郵便局とか、ホームセンター、ショッピングモールにブースを出して、新規のお客さまの開拓をしています。
──ちなみにサンプルを渡して、とってくれる人の確率は?
小池:10軒回ったら、1軒はとってくれますね。
──結構高い……!
小池:「若いお兄さんががんばってるから、とってあげるよ」と契約をしてくださることも多いですね。
▲宅配商品では食品も販売。ブルガリアヨーグルトを使ったビーフカレーは、酸味が評価されてリピーターが多い
昼や夕方にクルマで配達。変わる宅配
──いまの配達員さんはどんな方が多いですか?
小池:主婦が多いです。今は昼間にも配達をしますから、保育園などに子どもを送り出してからお迎えに行くまでの日中に働いていただきます。女性が配ると安心感もあるので、お客さんも喜んでくれますね。
──ちなみにいま自転車で配達はしていますか?
小池:もうしていないですね。ひとつの販売店が持つエリアも広がっていきましたし、温度管理の観点からも保冷ができる車で配達します。
──さすがにもう使わないんですね……ちなみにいまも配達は毎日ですか?
小池:保冷受け箱になったので毎日配達しなくてもよくなって、週に2~3回の配達が主流になりました。下まで取りに来るのが面倒なオートロックのマンションにお住まいの方が、週1回を希望することもありますね。
▲さすがにもう自転車配達はなかった
──人との関係を重視する中で、大事にしているところはありますか?
小池:たとえば配達の際に空き瓶が出ていなかったら、「飲めていないのでしたら商品を変えませんか? 配達をお休みすることもできますよ」と聞いたり、会えないお客さんにはメモを書いたり、きめ細かなサービスがウリです。
──ご高齢の方だと、お話相手としてのニーズもありそうですね。
小池:はい、ご希望があれば手渡しもできますし、一部の店は見守りサービスも兼ねているので、なるべく会います。会えなくても受け箱に「おはようございます、明治です!」とあいさつをしながら配達しているので、それを聞いた隣の人が、「なんか元気だね、じゃあとろうか」と広がることもあります。
▲加入者がもらえる「明治健康ファミリー」。旅や健康の情報など、シニア層にうれしい情報を掲載
──最近よく配達するところはありますか?
小池:オフィスへの配達は昔より増えたと思います。
──じゃあ、六本木ヒルズの何十階とかにも持ってきてくれますか。
小池:はい。ただ契約が1、2人だけだと困っちゃいますけれども(笑)。ちなみにうちの会社があるこのビルでもとっています。
「2025年問題」解決の主役になる!
──ほかに牛乳配達で進化したことはありますか?
小池:食事が取れないご高齢などの方向けに、ハイカロリーで栄養素を取れる栄養食(流動食)も宅配しています。
堤:日本は在宅介護への流れがあるので、在宅用の流動食も伸びているんですよ。
▲1本でごはん一杯分のエネルギーと、幅広い栄養素が取れる
──牛乳配達は今後、さらにどう進化しますか?
小池:いま各市区町村が、団塊の世代が75歳以上になる2025年に向けて、住み慣れた街で介護や医療、生活支援を一体で受けられるシステムの構築に取り組んでいます。
そうなると、自宅で生活するシニアの健康状態を把握して、要介護状態になる前に予防する動きができるのは、週に最大3回彼らに会えるわれわれ牛乳配達員しかいないのではないかと。
そうした予防習慣を、一対一で提案するモデルを作りたいなと探っているところです。 ウチだけでできないところがあれば、ほかの会社と提携をして、地域と手を組んでいくつもりです。
──あとは「暮らしのお手伝いサービス」を行う販売店が増えているそうですが。
小池:一部のお店ですが、配達の際に買い物代行や見守りサービス、廃品回収などを独自に行っていて、地方を中心に広がっています。
──地域の健康づくりの中核をめざすんですね。
小池:そうですね。生活習慣病に対応できる商品もどんどん増やして、「牛乳宅配→健康宅配」「宅配センター→ウェルネスセンター」といった位置づけに進化させたいと思います。
──ちなみに牛乳やコーヒー牛乳も売り続けてくれますか……?
小池:はい。特にコーヒー牛乳は温浴施設でいちばん売れている商材で、無くなったときの反応が怖いですからね(笑)
「斜陽産業では、まったくないです!」
小池:これ書いてくださいね(笑)。いま新規のオーナーさんを増やしたいんです。例えば、いま新聞販売店で牛乳配達を兼ねているところが増えています。新聞の発行部数が落ちている中、空いた時間に配達できるので牛乳との相性もすごくよくて。ほかにも、宅配弁当屋さんやウォーターサーバーのお店も牛乳配達を始めていますね。
──ちなみにお店をはじめる際に最低限用意するものはありますか?
小池:土地と建物と保管場所ぐらいですかね。ユニフォームなどの備品は斡旋していますし、冷蔵庫と冷凍庫はうちのオススメを購入してもらえれば、700万円ぐらいではじめられます。販売エリアも決まっていなくて、ほぼ自由に販路を拡大できるのでぜひ。
──最後に、牛乳配達という仕事の魅力を一言で言うとなんですか?
小池:「人と人とのふれあい」ですね。週に3回、たった120~130円の商品を定期的に配るビジネスモデルは、あの世界的ショッピングサイトさんでもできないと思っています。
高頻度のチルド物流はわれわれの強みですし、お客さんとあいさつやメモを通じて触れ合えるなど、昔から続く魅力もありますから。
──縮小する一方かと思ったら、業績がV字回復していて、いまもオーナーを大募集している……全然イメージがなかったですね。
小池:実はこっそり生き延びているんです。
──斜陽産業ではまったくない?
堤:まったくないです!