豚骨じゃないんです
日本人の好きな食べ物といえばカレーとラーメン。
なかでもラーメンはありとあらゆる種類があります。
量で勝負するもの、素材にこだわったもの、辛さが売りのもの、萌えラーメン(笑)などなど。
しかし、かなりのラーメン通でもこれはなかなか食べたことがないでしょう。
それは……
猪骨(ししこつ)ラーメン。
豚骨じゃないですよ、イノシシです。
▲筆者撮影
最近はジビエブームなので、シカ、イノシシ、カモ、クマ、キジ、めずらしいところではアナグマ、ハクビシンなど、ジビエ料理を出すお店は増えています。
なかでもイノシシは、牡丹(ぼたん)鍋として古くから食べられてきました。
そのイノシシを、なんとラーメンにしてしまったのが愛媛県今治市(いまばりし)大三島の「猪骨(ししこつ)ラーメン」なのです。
野生動物の肉は食べているものや、捕獲された時期、雌雄によってかなり差があります。大三島は柑橘類の栽培が盛んで、ここで捕れたイノシシは柑橘類を食べているため、ひじょーに美味とのこと。
その証拠にイノシシ肉のおいしさを競う「日本猪祭り」というイベントがあるのですが、このイベントで2017年のグランプリに輝いたのが大三島のイノシシなのです。
日本猪祭り:http://www.gujokankou.com/event/01hachiman/1011.html
日本一のイノシシで作ったラーメン、果たしてどんなお味なのか? さっそく食べてきました。
歴史と現在が融合する瀬戸内の島
大三島は広島の尾道〜愛媛の今治を結ぶ「しまなみ海道」沿いにあります。
風光明媚なしまなみ海道は世界の自転車乗り憧れの道。海外からもたくさんのサイクリストが訪れます。また、海道ぞいには絶景スポットもたくさんあって、亀老山(きろうさん)展望公園からの眺めは死ぬまでに一度は見ておきたい絶景です。
大三島はしまなみ海道では一番大きく、国宝や重要文化財の日本刀や甲冑が多数展示されている大山祇(おおやまずみ)神社があります。
80点を超える武具は刀剣ファンならずとも必見。
館内は撮影禁止のため、実際に自分の目で見ることをおすすめします。
昔から柑橘類の栽培が盛んで、みかん、レモン、伊予柑、ネーブル、はっさく、デコポンといったおなじみの果実のほか、せとか、まどんな、甘平(かんぺい)など高級柑橘まで、たくさんの品種が栽培されています。
道の駅では袋詰めにされた柑橘類が格安で買えることも。甘平は新しく開発された品種で、甘くてジューシー、マジうまいので見つけたら即買いしてください。
また、最近は移住者が多く、島内でブドウを栽培してワイナリーを作ったり、コーヒー豆焙煎所があったり、コワーキングスペースができたりと、とにかく新しい動きが多い島なのです。
移住を検討している人は、ぜひ大三島も候補に入れてみてはどうでしょう?
ちなみに松山市内からだと車で1時間半くらいですが、広島の尾道からだと1時間かからずに着いてしまいます。
イノシシグッズで気分が高まる
大山祇神社の参道を少し入ると…… ありました! 猪骨ラーメン。
店頭にはイノシシの種類が描かれた垂れ幕が。コビトイノシシ、ニホンイノシシ、リュウキュウイノシシ、ヒゲイノシシ、スンダイボイノシシ…… イノシシってこんなに種類がいたんですね。
訪れたのはちょうどお昼時だったので、サイクリストや車で来た観光のお客さん以外に、地元の人も食べにきてました。そして店内に入ると、いたるところにイノシシグッズが!
これはイノシシの頭骨。牙すげー!
他にも実際に猟を行なっているところの写真やオリジナルステッカーなど、ラーメンを食べる前からイノシシ気分が高まります(笑)。
ちなみにステッカーは4種類あって、評判のいいやつは売り切れになることも。
ところで、さっきから写真の隅に写っている黒い物体、何だかわかりますか?
答えは…… イノシシの手!
本物のイノシシと触れ合いたい人はぜひ(笑)。2019年は亥年なので、触るといいことがあるかもしれません。
日本一のイノシシをラーメンで食す
メニューは猪骨ラーメン(塩、味噌、醤油:各800円)と猪チャーシュー丼(300円)、そして猪チャーハンや冷麺など季節ごとのメニュー。
ラーメンはメンマや煮卵などのトッピングも選べます。
どれにするか、悩むところですが…… 塩(トッピング全部のせ)と醤油(ノーマル)をチョイス。
やはり、イノシシのうま味を味わいたい。スープをごくごく飲み干したい。飲んだあとに「ぷはぁー!」って言いたい。
ということで、やってきました猪骨ラーメン、塩&醤油。
まずは塩ラーメンから
豚骨をしのぐ力強い野生の香りが…… と思いきや、臭みはまったくありません。しかし、スープを一口すすると濃厚。コクのあるスープが国産小麦のストレート麺にからみつき、舌でスープを味わい、麺のノド越しを感じる。
イノシシの見ためと先入観もあって、豚骨ラーメンをイメージする人が多いと思いますが、味わいは全く別物。むしろ、豚骨よりも癖がなくて、食べやすいです。この脂もさらっとして、ぜんぜんしつこくない。
極太メンマはじっくりと煮込んであるので、とても柔らかく食べ応えあり。かみ締めれば染み込んだうま味がジュワッと広がります。
煮卵はあまり煮込んでいない風かな? と思わせる外見でしたが、いやいやどうして、チャーシューだれに付け込まれ、スープになじむ味の煮卵。黄身はしっとりと。
手づくりチャーシューは、柑橘類を食べて育った見事なイノシシ肉をじっくり煮込んであります。これぞ日本一! 最初に味わいに行くか、スープにはべらせ後から食べるか、あなた次第の食べ方で。
そして、地元農家さんが育てた無農薬レモン。ラーメンにレモン? と思う方もいるかもしれませんが、なんと、これが実に合うんです。
ラーメンを半分ほど食べたら、このレモンを絞って、スープと麺に絡みつかせて食べてみましょう。濃厚な猪骨スープがとても爽やかに。一杯で二度おいしい、そんな楽しみ方ができますよ。
お次は猪骨ベースの醤油ラーメン
スープには生醤油がプラスされています。ひと口すすると塩とは全然違う味わいにびっくり。猪骨スープと醤油が香ばしさのハーモニー。醤油は瀬戸内産のものをベースに各銘柄をブレンドしているそうです。
ネギと絡み合うイノシシの脂。これだけでご飯が食べられそう。
シンプルながら、毎日でも食べたくなる味に仕上がっています。
塩ラーメンと比べると、イノシシの風味がマイルドになっているので、よりイノシシを感じたい人は塩がいいかもしれません。
ごちそうさまでした。
さてさて、初めて食べた猪骨ラーメン。作っているのはどんな人なのか気になったので、店主の吉井 涼さんにお話をうかがってみました。
移住、害獣対策、そして猪骨ラーメンへ
── そもそも猪骨ラーメンを作ろうと思ったのはなぜですか?
吉井:もともと、僕たち夫婦は関東から大三島へ移住してきたんですよ。きっかけは東日本大震災。物流が止まった影響で食料品が品薄になりました。「買う」ことでしか食料を手に入れることができなかった現実を突き付けられたんです。そこで「自分で食べるものは、ある程度は自力で何とかしたい」という思いが強くなり、いろいろ調べているうちに「狩猟」という選択肢があることを発見します。自分で野生動物をとって食べる。人類がはるか昔から続けてきた行為です。
それから半年ほど狩猟免許も取得して、いざ! 狩猟スタートとなるはずだったのですが…… 当時、一緒に狩猟免許をとった農家さんから「関東圏のイノシシから放射性物質が検出された」と聞き、食べるのに適さないと考えました。
── 震災の影響がそんなところにまで出ていたとは……。
吉井:そこで、いっそ引越しもいいかなと考えました。僕は長崎県の出身なので暖かい土地がいい。どうせなら島で暮らすのもありかも、と思い始めます。意を決して妻に相談したところ「いいんじゃない?」と即答。妻はイラストの仕事や、ライターとして活動していたので、関東にいなくても何とかなると判断したようです。
── 店内にもかわいいイラストがたくさんありました。
吉井:大三島は以前、旅行で来たことがあって「こんなところで暮らすことができたらいいね」と話あっていた島でした。
そしてついに、東京のど真ん中、東京駅直結のビルで働く会社員から、瀬戸内のど真ん中、大三島で猟師見習いとしてスタートする決断をするのです。2015年のことです。
── それはまた180度違った環境に!
吉井:島では「しまなみイノシシ活用隊」という団体に声をかけてもらって、修行をかねて参加させていただくことにしました。
そのころの大三島はイノシシ被害がとても深刻で、農家の高齢化もあって対策に苦労していました。柑橘類の栽培が盛んな島なので、大事に育てたみかんが収穫前にごっそりやられたりしていたのです。
── 農家さんは生活がかかってますよね。
吉井:試しに捕獲したイノシシを食べてみたところ、これがじつにおいしかった。獣臭さがなく、赤身は滋味があって、脂身は舌の上で溶けるよう。「これだけおいしいんだから骨から出るエキスも最高だろう」と思ったのですが、現状では山に埋設処理されていました。そこでひらめいたのが「ラーメン」です。
── 豚骨ならぬ、猪骨ラーメン。
吉井:「豚骨と同じ要領でイノシシの骨からうま味を抽出してみてはどうだろう?」という単純な発想だったんです。僕は大のラーメン好きなので(笑)。そして、大三島には大山祇神社など見どころがたくさんあるのに、ラーメン屋さんはなかった。
── これはもうラーメンしかない、と。
吉井:どうせやるなら地域の特産品になるぐらいのクオリティーにしたかった。2015年から開発をスタート。2000杯以上の試食を重ね、できあがったのが今の猪骨ラーメンです。
骨からエキスを抽出する方法をイノシシに最適化し、イノシシ肉のほとんどは大三島産を使用しています。ただ、ラーメンは完成しても現実的な問題があります。開業資金です。
── 飲食店を経営するには重要な問題ですね。
吉井:土地の確保から調理器具、内装までかなりのお金がかかります。そこで考えたのがクラウドファンディングです。しかも普通のクラウドファンディングではなく、ふるさと納税を活用しました。これなら自己負担額2,000円ですみます。
ふるさと納税を活用したクラウドファンディング:https://www.furusato-tax.jp/gcf/188
── やり方が新しい!
吉井:2017年8月1日からスタートしたクラウドファンディングは92日間で目標金額の400万円を達成。2018年の4月に晴れて開業することができました。支援していただいた方には本当に感謝しています。
2018年4月に開業してから、たくさんの人に食べにきていただきました。
季節ごとに限定のメニューも用意しています。ぜひ大三島に来てください!
お店情報
猪骨ラーメン
住所: 愛媛県今治市大三島町宮浦5516
電話番号:0897-72-8780
営業時間:水曜日~日曜日 12:00~14:00(LO 13:45)、17:00~19:00(LO 18:30)
定休日:月曜日・火曜日(祝日の場合は変更あり)
書いた人:星☆ヒロシ
夫婦で食べ歩きが趣味。夫は食べる専門で、妻は呑む専門。若いころは海外へも足を運んだが、最近は日本の良さを再認識し、旅をしながらその土地ならではのおいしいものを食べ歩く。