東京から大阪へ引っ越して5年ほどになるのだが、ことあるごとに感じるのは大阪から京都と神戸への距離の近さである。どちらも電車に乗れば30分ちょっとで行けるので、割と気軽に飲みに出かけたりしている。
一方で、同じようにたびたび感じるのが和歌山県の遠さである。大阪駅から和歌山駅まで、普通列車だと1時間半ほどかかり、さらにそこから紀伊半島を南に下ろうと思えば特急列車を利用しても2時間以上かかる。
もちろん、電車に乗っていさえすればとりあえず着くのだから交通の便には感謝しなければならないが、京都や神戸に比べると心理的な距離感がかなりある。しかし、その距離ゆえなのか、和歌山には独特の文化が色濃く残っているように感じられ、行くたびに新鮮な発見がある。
「和歌山は関西の秘境で、ローカルな面白さにあふれているんです。それに食べ物もおいしいし!」と、和歌山が大好きで京都方面からよくドライブ旅行に行く友人がおり、先日、県内の各所を案内してもらった。
那智勝浦で熊野古道の雰囲気に触れたり、おいしいマグロを食べたり、梅の名産地で有名な田辺市でおいしい梅酒を飲んだりと、楽しいツアーだったのだが、そのドライブの終わりに“〆のスポット”として連れていってもらったのが「グリーンコーナー」だった。
「グリーンコーナー」は、和歌山県にある製茶メーカー「玉林園」が運営する軽食コーナーで、和歌山県内に6店舗をチェーン展開している。
その「グリーンコーナー」には「てんかけラーメン」という、天かすののった名物のラーメンがあり、370円という驚きの価格で食べられる。
私もその「てんかけラーメン」を食べたのだが、これがシンプルながら絶妙にちょうどいいおいしさで、1回食べただけで「私はグリーンコーナーが大好きです」と堂々と宣言したい気持ちになった。
それにしても、改めて考えてみると、お茶の会社が軽食コーナーを運営していて、そこの名物がラーメンだなんて、なんだか不思議な話ではないだろうか。いきさつがまったく想像できない。
また、そのラーメンが、天かすののった、あまり見ないようなオリジナリティーのあふれるものなのだ。どのようにしてそこにたどり着いたのか、知りたいではないか。そこで玉林園に取材を申し込んだところ、快く受けていただくことができた。
いざ「グリーンコーナー」のある和歌山へ
取材にうかがったのは和歌山市にある玉林園の本社。二つの工場が併設された本社の一角が「グリーンコーナー」になっている。
JR和歌山駅から電車に乗って10分もせずに着く田井ノ瀬という無人駅が最寄りで、車がビュンビュン通る国道沿いをしばらく歩いていくと大きな社屋が見えてくる。
通りを挟んだ向かい側にも工場が。
店内に入って左手は、製茶企業ならではの厳選されたお茶や茶器を販売するスペースになっている。
その反対側、右手へ進んで行くとそこがグリーンコーナーである。
カウンターでオーダーしてお会計を済ませ、出来上がりを待つスタイル。
ラーメン、丼物、カレーと幅広いメニューが用意されている。
リーズナブルな価格のランチメニューや、
グリーンソフトをはじめとしたスイーツメニューも。
たった370円なのにこのうまさ
「グリーンコーナー」はここ本店を含め、和歌山県内に全部で6店舗ある。
まずはメニューの中から名物の「てんかけラーメン(370円)」をオーダー。特別に製造工程を見せてもらえることに。グリーンコーナーのロゴがあしらわれたラーメンどんぶりがかわいい。
そこにゆでた麺を入れ、鶏ガラがベースだという特製のスープを注ぐ。
具材のワカメと紅ショウガ、ネギを入れたところに、天かすが!
たっぷり入れて、
できあがり!
プツプツと歯切れのいい細めのストレート麺と甘みのあるスープが合う。
そこにスープを吸ってほやーっと柔らかい食感になった天かすが絡みつく。
「これだよ!これ!」とニヤケてしまう。
個人的にはカウンターに置かれている「ヤンニョンジャン」という辛味調味料を加えて食べるのがおすすめ。ピリッとした辛さがアクセントになり、食べるスピードが一気に加速する。
改めて、うまい。これで370円。ライトな感覚で食べることのできるラーメンとして一点の隙もなく、値段以上の満足感を与えてくれる一杯である。
「最高だよ、てんかけラーメン」と、しみじみ感動したところで、こちらの会社の担当者にお話を聞く。
和歌山のご当地アイス「グリーンソフト」とは
対応くださったのは、玉林園の広報担当者である崎山千晶さんだ。
──よろしくお願いします! 玉林園さんは、すごく歴史のある製茶メーカーなんですよね!?
崎山さん:1854年、安政元年にスタートしています。当時はお茶の製造・販売だけでなく、タバコの販売もしていたこともあったり。明治時代はコーヒーも扱ったりしていました。
──安政元年……。歴史の授業で聞いたことのあるあの安政ですね。
崎山さん:2018年で創業164年になります。製茶から始まり、今では自社で製造した食品をレストラン等に卸したりですとか、外食産業なども手掛けています。
──なるほど、それにしてもお茶を作る会社として始まって、それが「グリーンコーナー」にたどり着くというのは、どういういきさつだったんでしょうか。
崎山さん:グリーンコーナーを始めたのは先代の社長で、1号店がオープンしたのが1960年のことでした。もともとお茶の製造・販売をメインにやっていたんですが、先代社長が抹茶入りのソフトクリームの「グリーンソフト」を作ったんです。それが1958年のことです。当時はまだ各家庭に冷蔵庫や冷凍庫がある時代ではなくて、冷たいお茶を製造する技術が発達してなかったこともあって、夏場でも熱いお茶しか飲めなかったんです。そうなると、当然、夏場はお茶屋さんからお客さんの足が遠のくわけです。“お茶は夏枯れする”と言われていました。それをなんとかできないかと先代が目をつけたのがソフトクリームだったんです。その頃、海外から輸入され始めたばかりで、相当早い時期に注目したようです。そして、日本でも最初期のタイミングで抹茶入りのソフトクリームを考案したんです。
──ソフトクリーム自体が珍しい頃に、いきなり抹茶ソフトを生み出したんですか。
崎山さん:先代はとにかくいろんなことをやってみるタイプの経営者だったようです。その頃、海外に抹茶が輸出され出していることを知りまして、外国でどんな飲み方をされているのか調べてみたそうなんです。すると、海外の方が抹茶をミルクと混ぜて飲んでいることがわかったんですね。そこでパッとひらめいて、ミルクと混ぜられるならソフトクリームもいけるだろうと。そこから生まれたのが「グリーンソフト」です。グリーンコーナーはそもそもはグリーンソフトを提供する場所としてスタートしています。
──お茶屋さんだからこそたどり着いたアイデアですよね。それでグリーンソフトが大ヒットしたと。
崎山さん:いや、ソフトクリーム自体が珍しい時代に、緑色の抹茶入りソフトクリームというのは、なかなか当初はすんなりと受け入れられなかったそうです。一度食べた方がまた食べて、と、じわじわと広がっていったようです。当社では1967年から「子供の日グリーンソフトプレゼント」というイベントを継続して行っていまして、和歌山市内を中心とした幼稚園や保育園の子どもたちに毎年グリーンソフトを無料で提供させてもらっているんです。今年で51年目になります。そうやって少しずつ知っていただけるようになったところもあるでしょうね。
──なるほど、和歌山のコンビニに入ったらアイスコーナーでグリーンソフトが売られていて、ご当地名物なんだなーと思っていました。
崎山さん:おかげさまで和歌山名物としてご好評をいただいています。県内のコンビニやドラッグストアなどにも置いてもらっていて、県外の一部地域でも売っています。工場で作ったソフトクリームをそのまま冷凍しているんです。グリーンコーナーではできたての柔らかいグリーンソフトを食べていただけるのでおすすめです。
「グリーンソフト」を食べてみる
と、いうわけで、「てんかけラーメン」と並ぶグリーンコーナーの名物である「グリーンソフト(180円)」も食べてみる。
作りたてのやわらかいグリーンソフトが食べられるのもグリーンコーナーの魅力である。
老舗製茶企業だからこその抹茶の濃厚な風味が感じられ、なおかつ、苦味はなくて老若男女に好まれるであろうバランスに仕上がっている。
さっぱりと爽やかな後味で、他で食べる抹茶ソフトとは一味違う。
うま……!
「てんかけラーメン」はこうして生まれた
──お茶を作ってきた会社が抹茶ソフトを生み出す、というところまでは、なるほどなと思う流れに感じるのですが、さらにそこから名物ラーメンを作り出すというのは、ちょっと飛躍がありますよね。しかも天かすののった「てんかけラーメン」という、かなり独特なものですが、あれはなぜ……。
崎山さん:よく聞かれるんですが、なぜ天かすを入れたラーメンが生まれたのか、はっきりとした資料は残っていないんです。先代が研究してスープを作り出し、そのスープに何か合うものはないかと探して、ある時に「天かすだ!」と思いついたようです。
──先代、アイデアマンですね。
崎山さん:1960年にグリーンコーナー1号店がオープンして、その2年後の1962年から中華そばや明石焼といった軽食メニューも提供するようになったんです。まだその時はてんかけラーメンはなくて、最初はオーソドックスな中華そばだけでした。その当時、和歌山県内にラーメン店が増えつつあったそうなんですが、昭和30年代、40年代頃というと、今とはラーメンに対するイメージが違っていて、女性が一人でラーメン屋さんに食べに行くというのがちょっと珍しいというか、行きにくい風潮があったんです。その点、弊社はお茶屋さんなので、入口ののれんはあくまでお茶屋さんですよね。お茶屋さんの奥でラーメンが食べられれば、女性のお客様にも来ていただきやすい。そういう配慮から生まれたと聞いています。
──女性の立場に立った視点から生まれていたんですね! グリーンコーナーのラーメンはいわゆる和歌山のラーメンとはまた違いますよね。あっさりして食べやすい。その点も女性にも食べやすいように、ということだったんでしょうか。
崎山さん:詳しい資料は残っていないのですが、和歌山ラーメンというと一般的には豚骨ベースのこってりしたものが多いんです。先代が開発にあたってものすごい数のラーメン店を食べ歩いて、最後まで飲み切ってもらえるようなあっさりしたスープにしたいと考えたようです。中華そばを提供し始めてからも研究を重ね、5年後の1967年にてんかけラーメンが生まれました。
──そして今ではグリーンコーナーの名物メニューになったという。
崎山さん:そうですね。おかげさまで、てんかけラーメンが圧倒的に好評です!
──また、370円という価格もすごいです。
崎山さん:「安かろう、うまかろう」を大事にしています。価格は時代に応じて少しずつ変わっていますが、おいしいものを常に安く提供したいと考えています。
──具材のバランスもいいし、麺もおいしいんですよね。
崎山さん:麺も自社で製造しています。天かすも、スープに合うようにと厳選したものを使っています。味に関しては先代の作り出したものを忠実に守っています。長年食べてくださっている方が多いので、変わらずおいしく食べてもらえるようにと思っています。
「明石焼」も味わうべき一品
──てんかけラーメンや中華そば以外にも麺類もいろいろあるし、他にも丼ものとかたくさんありますよね。このメニュー自体は頻繁に新しくなったりしているんですか?
崎山さん:そうですね。社内で考案したり、グリーンコーナーのスタッフから「こういうものがあったらいいんじゃないか」と提案があったりする中で、新しいメニューを提供しています。定番メニューの味は守りながら、新しい味も楽しんでもらえたらと思います。
──「かた焼きそば」のところに「本店限定」と書いてありますが、こういった店舗限定のメニューは他にもあるんですか?
崎山さん:いろいろあるんです。例えば築地橋店では、餃子を提供しています。また、他店舗では缶ビールを販売しているんですが、築地橋店には生ビールがあるんです。また、岩出店にはおにぎりがあります。店舗でしっかりと握っていておいしいんですよ。一番新しい店舗のイオンモール店はスイーツメニューが豊富で、パフェとスムージーが数種類あってどれも好評なんです。
── そんなにあるんですか! グリーンコーナーファンなら各店舗をめぐらないといけないですね。てんかけラーメンやグリーンソフトの他に、隠れたヒットメニューはあったりしますか?
崎山さん:どれもそれぞれおすすめではあるのですが、「明石焼」も好評ですよ。明石焼は、てんかけラーメンより早くからあって、中華そばと同じ年に生まれています。
と、いうわけでグリーンコーナーで古くから提供されている「明石焼(442円)」もいただくことに。
ダシとソースが両方提供され、どちらで味わってもいいし、両方つけてもおいしい。ふわっと柔らかな食感がいい。
複数人で来たお客さんが麺類を一人一杯ずつ食べ、そこに明石焼を一皿追加して、中華料理店でいう餃子感覚でシェアすることも多いらしい。
──たくさんのメニューの中で、崎山さんご自身の一番のおすすめはなんでしょうか?
崎山さん:ええっ、わたしですか(笑)。うーん、やはりグリーンソフトですかね。柔らかいグリーンソフトは基本的にはグリーンコーナーでしか食べられないのでぜひ味わっていただきたいです! あと、夏限定のかき氷もおいしいですよ。フードメニューでは、てんかけラーメンとコロッケとグリーンソフトがセットで576円の「グリテンセット」というのがあるんですが、かなりお得なのでおすすめです。あと、ミニラーメンや唐揚げ、ポテト、グリーンソフトがセットになってお菓子もついてくる「お子様セット」というものもあるのですが、それを大人の方が食べられることも多いんです。「私、このセットが大好きなの」と、いつもオーダーしてくださるご婦人がいらっしゃったりします。
──何度も通って片っ端から食べてみたいです! ちなみにこの「グリーンコーナー」は玉林園さんにとっては、企業全体としてどういう意味合いを持っているんでしょうか?
崎山さん:玉林園の業務自体はグリーンコーナーだけでなく、多岐に渡っているのですが、グリーンコーナーはお客様に玉林園のことを知っていただく“顔”のような存在だと思っています。そういう意味で非常に大事なものだと思います。
──客層は幅広いですか?
崎山さん:店舗によって違いはあるのですが、家族で来られる方が多いですね。でも例えばこちらの本店ですと、近くの会社に勤めている方がお昼時に利用してくださったり、お年寄りもいらっしゃいますし、さまざまなお客様が来店されます。
──今回私は電車を利用して来たのですが、やはり車で来られるお客さんの方が多いですか?
崎山さん:はい。和歌山県はどちらかというと車で移動される方が多いのですが、電車を利用される場合ですと、南海本線の和歌山大学前駅という駅で降りていただくとイオンモール店がすぐ目の前です。また、和歌山市駅から西浜経由新和歌浦行きというバスに乗って舟津町バス停で降りていただくと築地橋店が近くです。ちなみに車でこの本店にお越しいただく際、グーグルマップを頼りにしてくるとなぜかお店の裏手に着いてしまうのでご注意ください(笑)。
グリンちゃんとチャーミーちゃん
──最後にうかがいたいんですが、あのマスコットキャラクター、かわいいですよね。
崎山さん:グリンちゃんとチャーミーちゃんですね。
──あの二匹は、兄妹ですか? それとも恋人同士なのでしょうか。
崎山さん:設定は特にないんです(笑)。いつからあのキャラクターがいるか記録が残っていなくて、ただ、グリーンソフトを食べていることからも分かる通り、グリーンコーナーのオープン後に店舗のマスコットとして生まれたものだと思います。名前は公募で決めたと聞いています。ちなみにチャーミーちゃんの“チャ”はお茶の“チャ”です。
──グッズなんかはあったりするんですか? あったら購入したいのですが……。
崎山さん:キーホルダーやマグネットがあります。あと、ポイントカードを作ってポイントをためていただくと手ぬぐいやTシャツなどをプレゼントしています。今は残っていないのですが過去にもさまざまなグッズが作られていたようです。
後日、和歌山通でグリーンコーナーファンの友人から、所有している「グリンちゃんとチャーミーちゃん」のグッズコレクションの画像が届いた。
クリアファイル。
手ぬぐい。
ミニトートバッグ。
レトロ感もあっていいキャラだ。私もいつかポイント集めてTシャツをゲットしたいと思う。
広報の崎山さんは「和歌山にはおいしいラーメンがたくさんありますが、てんかけラーメンもまた、和歌山を代表するラーメンだと自負して作っております」と、自信満々の笑顔で言っていた。そのとおりだと思う。
和歌山ラーメンの一つの顔として、これからもリーズナブルでおいしいラーメンを作り続けていただきたい。
まんま同じ味が通販で再現可能
ちなみに「和歌山は遠くてなかなか行けない」という方、どうぞご安心を。
「てんかけラーメン」(6個入1,452円、12個入3,120円)は通販でも入手可能。
スープ、麺、天かす、わかめ、ショウガがセットになっており、ほぼお店で食べられるままの味を自宅でも楽しめるのだ。
買って帰り、自宅で作ってみた。
あの、歯切れのいい麺に絡む天かすの柔らかさが家で味わえるなんてうれしい。
自分の好きな具を足せるのも、通販のメリットだ。
和歌山県民のホッと落ち着けるスポット として愛されているグリーンコーナー。ぜひ利用してみてほしい。
お店情報
玉林園 本店 グリーンコーナー
住所:和歌山県和歌山市出島48-1
電話:(本社)073-473-0456
営業時間:11:00~23:00
定休日:1月1日~3日
書いた人:スズキナオ
1979年生まれ、東京育ち大阪在住のフリーライター。安い居酒屋とラーメンが大好きです。exciteやサイゾーなどのWEBサイトや週刊誌でB級グルメや街歩きのコラムを書いています。人力テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーでもあり、大阪中津にあるミニコミショップ「シカク」の店番もしており、パリッコさんとの酒ユニット「酒の穴」のメンバーでもあります。色々もがいています。