※この記事は緊急事態宣言前の2020年2月に取材しました
一口に「お酒」と「料理」と言っても、その組み合わせ方は多岐にわたる。
例えば、日本酒とクリームチーズ、ウイスキーと燻製など、意外な食べ合わせでも不思議と相性の良いことがあるのだ。それを「ペアリング」と呼び、日本酒やワインの分野では盛んに取り沙汰されている。
しかし、ビールと料理のペアリングについては、意外と見過ごしがちな人も多いのでは?
例えば、筆者はのどごしのいい冷たいビールを、枝豆だとか冷ややっこで食べるのが好き(異論は認めるけど、夏にはやっぱりこれが最高)。ただ、普通のビールよりも味がしっかりしているクラフトビールで同じことをやるのも、なんだか違和感があるし、一概に同じものが合うとは言えない気が……。
せっかくだから、「クラフトビール」と「料理」が織りなす奥深き世界をより探求すべきじゃないか!
そこで向かったのは、大手ビールメーカー・アサヒビール。クラフトビールのために作られた料理を提供するアサヒ直営のレストランであれば、ペアリング初心者である筆者にも「クラフトビールに最高に合う料理とは何なのか」をわかりやすく教えてもらえるはず……!
アサヒが生んだクラフトビール
ご協力いただいたのは、墨田区・吾妻橋のアサヒグループ本社ビルに隣接するビアレストラン「TOKYO隅田川ブルーイング」。
▲現役の醸造タンクがインパクト絶大!
1995年、東京第一号の地ビールを生んだクラフトビール醸造場に併設され、現在は4種類のクラフトビールを軸に、料理との“マリアージュ※”を楽しめるお店だ。
※ペアリングによってお酒と料理が絶妙に調和している状態
▲お店を代表して、シェフの支倉さんに話を伺った
──クラフトビールもペアリングも初心者なのですが、今日はよろしくお願いします! まずはこちらで提供されている4種類のクラフトビールの特徴を教えてください。
支倉さん:はい、よろしくお願いします。順番に説明していきますね。
▲クラフトビール飲み比べ4種(1,680円)
まず、ケルシュスタイルは、ドイツ・ケルン地方伝統のビールで、華やかさと清涼感のある後味が魅力です。東京第1号の地ビールの味設計をベースに磨き上げた、当店のフラッグシップビールでもあります。
▲ケルシュスタイル(700円) [以下ビール画像提供:TOKYO隅田川ブルーイング]
続いて、香るヴァイツェン(以下、ヴァイツェン)は、小麦麦芽を使用したホワイトビール。やわらかな口あたりと、フルーティーな香りが特長です。
▲香るヴァイツェン(700円)
こちらが吾妻橋ペールエール(以下、ペールエール)。アメリカ産のカスケードホップを使用していて、華やかな香りが特徴ですね。
▲吾妻橋ペールエール(880円)
そしてビタースタウト(以下、スタウト)は、厳選したビターホップを100%使用した黒ビールです。
▲ビタースタウト(650円)
──ありがとうございます。とはいえ、クラフトビール初心者にとっては、ホップの種類などの情報から具体的な味までイメージしづらいのが本音です。
支倉さん:クラフトビールは膨大な種類がありますので、特徴を覚えて理解するのはやっぱり難しいですよね。
ペールエールひとつとっても、「ペールエールはこういう特徴の味」とは一概に言えないところです。当店の「吾妻橋ペールエール」はカスケードホップを使用していますが、別のホップを使用している醸造所のペールエールだとかなり味が異なりますから。
自分の好みを見つけるには、やはりまずは試しに飲んでみるというのが良いと思いますよ。
ペアリングの実験
──クラフトビールに関しては、「習うより慣れろ」と。
ところで、メニューを開くと、いきなりビールと料理のマリアージュが紹介されていたり、一部の料理名の横にはおすすめビールのマークが付いていたりと、ペアリング初心者にもすごく親切ですね。
▲メニュー冒頭には、4種のビールとそれぞれにぴったりな料理の組み合わせが(画像提供:TOKYO隅田川ブルーイング)
▲料理のページには「半身鶏のスパイスロースト」にはケルシュなど、おすすめビールのマークが記載されている
支倉さん:ありがとうございます。でも正直なところ、私たちもこのお店を始める前は、ビールと料理のペアリングについてじっくりと考える機会がなかったんです。
──それは意外ですね!
支倉さん:アサヒビールといえばスーパードライですから。スッキリとした味わいなので和食にも合うし、キレもあって脂っこい揚げ物にも合うし……という感覚で。
クラフトビールのような個性があるビールと料理のマリアージュを考えるというのは、このお店ができた時に改めて行った取り組みだったんです。
──てっきり、長年研究され続けているものとばかり思っていました……!
支倉さん:そこで、まずはクラフトビールと料理の「相乗効果」を一番に考えて、それぞれが引き立つようなメニューを作ろうと考えました。
その上で、スイカに塩をかけたらより甘くなるような「対比効果」も意識しつつ、双方からアプローチできるようなメニューを構成していったんです。
──まさに“ペアリングの実験”からのスタートだったんですね。メニューの冒頭でおすすめされている4種類の料理は、どのようにして決まったのでしょうか。
支倉さん:まず、このお店に関しては、ステーキや煮込み(シチュー)のような肉料理をメインにしたかったんですね。
またクラフトビールも、ケルシュスタイル→ヴァイツェン→ペールエール→スタウトと、軽いものから徐々に重ためのテイストになる順番で飲んでいただきたかった。
それに合わせて、前菜からメインの肉料理に至るまでの“コース料理”のような流れを作っていったんです。
──クラフトビールのためのコース料理! そそられます。
支倉さん:まず前菜としてヴァーニャカウダが出てきて、次にシーフードのムール貝。メインとなる肉料理をどのビールに合わせるかだけは悩みどころでしたが、最終的にペールエールはステーキに、スタウトはシチューという組み合わせに落ち着きました。ちなみに、スタウトはチョコレートなどのデザートにも合うんですよ。
実はこのメニュー、2017年7月にオープンしてから3年半近く、一度も変わっていないんです。
──なるほど、それだけ完成されたメニューということですね。それでは、おすすめのクラフトビールと料理の組み合わせをいただいてみたいと思います。
ペアリングの実践
①:彩り野菜のヴァーニャカウダ×ケルシュスタイル
▲彩り野菜のヴァーニャカウダ(980円)[写真提供:TOKYO隅田川ブルーイング]
一品目は、前菜のヴァーニャカウダ。にんじん、パプリカ、ヤングコーンにブロッコリー……1人だとかなりのボリュームがあるが、野菜はどれも新鮮で歯ごたえがあり、素材本来の旨味をしっかり感じられる。
一番人気というケルシュスタイルは、キレのある爽快感と、確かな苦味を両立するバランスの良さ。ヴァーニャカウダのディップソースの酸味を、ケルシュの爽やかさが中和してくれるこの感じ。これがペアリングか!
②ムール貝のヴァイツェン蒸し×香るヴァイツェン
▲ムール貝のヴァイツェン蒸し(1,300円)[写真提供:TOKYO隅田川ブルーイング]
続いては、ヴァイツェンで蒸されたムール貝。オイルをたっぷり染み込ませると、ついさっき海から引き揚げてきたかのような新鮮な磯の香りと風味に包まれる、印象的な料理だ。
ヴァイツェンは、オレンジのような柑橘系の香りが豊かなビール。 一口ヴァイツェンを挟んで、再びムール貝を口にすれば、ビールの持つフルーティーな味わいがブーストされるような感動がある。
③飛騨牛サーロインステーキ×吾妻橋ペールエール
▲飛騨牛サーロインステーキ(4,280円)[写真提供:TOKYO隅田川ブルーイング]
続いては、飛騨牛のサーロインステーキ。「肉料理がメイン」と言いきるだけあって、とろけるように柔らかいステーキはもちろんのこと、ソースがとにかく美味しい! 付け合わせの野菜も残さず浸して、最後の一口まで至福の時間を味わった。
ペールエールは、マスカットのような風味が感じられ、4種の中では一番苦みは控えめな印象。ステーキの脂をビールが洗い流してくれるという意味では、これまでの2つとはまた異なるペアリング効果が生まれていると言えそうだ。
④牛肉のスタウト煮込み×ビタースタウト
▲牛肉のスタウト煮込み(1,880円)[写真提供:TOKYO隅田川ブルーイング]
最後は、牛肉のスタウト煮込み(シチュー)。どっしりした牛肉を丸ごと口に運べば、一口目から感じるコクと、ほのかな苦味。ビールを完全に調味料として生かし切っていることが伝わってくる。
スタウトは、まるでエスプレッソを飲んでいるような濃厚な味わい。締めの一杯にはぴったりだ。そして、シチューと続けざまに口に運べば、スタウト同士の味のコントラストも楽しめる。
アサヒビール流・ペアリング論
──ごちそうさまでした! それでは改めて、TOKYO隅田川ブルーイングでのペアリングの考え方について教えてください。
一般的には「国(発祥国)」「色」「味」がぺアリングの三大要素と呼ばれていますよね。
支倉さん:そうですね。とはいえ、実のところ当店では「国」で合わせることはほとんど考えていないんです。
──えっ!(いきなり出鼻をくじかれてしまった……)
もちろん、「ヴァイツェンはドイツ生まれのビールだからソーセージを合わせる」など、ビールのスタイルと同じ国の料理を選べば間違いないと思います。
ただ、当店はクラフトビールと合う料理を作ることが目的でしたので、その三大要素の中では「味」の相性を重要視しました。
──なるほど。それでは「色」はいかがでしょうか? ケルシュスタイルやヴァイツェンは金色ですが、金色の料理なんてありましたっけ……。
支倉さん:鶏肉は淡泊ですし、色も金色寄りですよね。
──あ、確かに!
支倉さん:ステーキなんかはペールエール。ほら、こんがりした焼き色が似ているでしょう。
──本当ですね。スタウトもわかりやすい黒色なので、合う料理は見つけやすそうです。
支倉さん:ビールに合う料理を作っていくと、自ずと風味や色合いなどが似てくる部分はあるかもしれませんね。
ただ、メニューの写真で見ると同じような色に見えても、実物は違う場合もありますので、「色」でペアリングするのは案外難しいかもしれません。
「調味料」で理解するのが近道
──そうなると、最後の手がかりは「味」ですが……これもビールと同じく、実際に食べるまでイメージしづらいのが正直なところです。「味」は料理に使われているベーシックな調味料にも置き換えてもいいですか?
支倉さん:はい。これには少しだけ知識が必要になります。例えば、ペールエールは比較的どんな味にも合わせやすいのですが、特に醤油との相性が良いですね。日本料理で言えば肉じゃがなど、焼いた醤油の香ばしさによく合うと思います。
──醤油ベースならペールエール、ということですね。お酢はいかがでしょう。
支倉さん:酢の物には、すっきり飲めるケルシュスタイルが合うのではないでしょうか。同じくサラダやマリネも、すっきりしているもの同士でぴったりです。まさにスターター(前菜)と飲むのにふさわしいビールですね。
──酸の物にはケルシュ。塩はどうでしょう?
支倉さん:塩なら、逆に甘みのあるヴァイツェンが合いますね。スイカと塩の例えじゃないですが、性質の異なるものを組み合わせると成功する場合もあります。
逆に、ヴァイツェンとスイーツを合わせると、どちらも甘いのでそれぞれの美味しさを打ち消しあってしまうんですよ。
── 一気に難易度が上がりました……! 性質の異なる味を合わせるというのは、お客さんにとってはなかなか高度なテクニックですよね。
支倉さん:そうですね。でも、そういうことを理解していくと、だんだんペアリングの奥深さがわかってくるのではないでしょうか。
ビールで作る創作料理
──TOKYO隅田川ブルーイングには今日いただいたメニューだけでも、「普通ならワインなどを入れるところで、あえてビールを使ってみた」というような料理が多いですね。
支倉さん:私たちとしても、本格的な「クラフトビールと料理のマリアージュ」をコンセプトとした初めての店だったので、クラフトビールを飲んでいただくだけでなく、料理にも使えばお客さまにも喜んでいただけるかな、という考えはありました。
ですので、あまり他店では見ないような創作料理を開発しています。例えば、茶飯のイメージで米をスタウトで炊いた「風味豊かな大人のブラックライス」などですね。
──それでいうと、先ほどいただいた「牛肉のスタウト煮込み」もスタウトを調味料に使った料理ですね。
支倉さん:牛肉のシチューは基本赤ワインで煮るんですが、スタウトを使ってもおもしろいのではないか、と考え開発したのがこのメニューでした。
煮る時は赤ワインを使っているものの、仕上げにスタウトを使うことで、ワインで煮込むよりも尖った感じの味わいになるんです。さらにスタウトの特徴的な香りや風味、色も付きますしね。
──まさに相乗効果ですね。「ムール貝のヴァイツェン蒸し」はいかがでしょう?
支倉さん:ムール貝はワインを使うものが主流ですが、ヴァイツェンはワインに近いテイストがあり、試しに使ってみたらよく合ったんです。醸造家にも評判がよく、メニュー化に至りました。
──逆に、開発に苦労されたメニューはありますか。
支倉さん:「大人のプリン」ですね。
▲大人のプリン(税込550円)[写真提供:アサヒグループホールディングス株式会社]
──「大人の」ということは、プリンにもビールを……?
支倉さん:はい、スタウトですね。本来カラメルを作るためグラニュー糖と水を入れて焦がすところで、代わりにスタウトを入れるんです。
そうすると風味が出て、たっぷりの生クリームと一緒に食べると抜群に合う。ただ、これがなかなか固まらなかったり、分離してしまったり……非常に難しかったです(笑)。
──個人的には、スタウトは食事に近いどっしりしたイメージがあり、飲むときはつまみがいらないと感じることもあります。
支倉さん:クラフトビールを知れば知るほど、そういう場面も出てきますよね。
多様さを考えると、ただ単に好みのビールを探して飲むというのも良いですが、当店でおすすめしているように料理の組み合わせや順番を考えながら飲んでいけるというのも、クラフトビールの面白さの一つだと思います。
初めていらっしゃったお客さまにも、こういったお話を伝えられたら最高ですね。
──今日はありがとうございました!
ペアリング入門には
今回は4種のクラフトビールと定番料理との組み合わせをいただいたが、「TOKYO隅田川ブルーイング」にはこの他にも、クラフトビールとの相性第一で開発されたメニューがまだまだたくさんある。
特に、クラフトビールそのものを調味料に使った独自のメニューは、ペアリングがもたらす「相乗効果」を体感するのにまたとない入門料理となるはず。
ペアリングに興味を持った方は、ぜひ足を運んでみてはいかがだろうか。
※この記事は緊急事態宣言前の2020年2月に取材しました
撮影:善行積太郎
お店情報
TOKYO隅田川ブルーイング
住所:東京都墨田区吾妻橋1-23-36 アサヒビールアネックス2F
電話:050-5815-0362
営業時間:11:30~21:00(平日はクローズタイム15:00~17:00を除く)
定休日:年末年始、施設休館日