コーヒー屋さんってどんな存在だろう。友達や仕事先との打ち合わせ場所? それとも仕事から逃れて一息つきたいときに逃げ込む避難所?
でも、おそらくこの店を使う人にとって、この店は「我が家」なのではないか――。そう思わずにいられない、なんとも落ち着く店が東京都・表参道駅から渋谷に向かって徒歩5分の路地の中にある。
玄関口にいきなりコーヒーマシンとバリスタが
店の名は「TINTO COFFEE」。
正面から入ってみると(宵の口はちょっとムーディーです)、
お店の入口はこんなこんな感じ。
実はこのお店、別名「バリスタとお客さまの境目がないコーヒー店」。どう境目がないかって、お店に一歩入ってみると、最初に目に飛び込んでくるのは、バリスタらしき女性が働いている後姿。
普通はお店の奥で展開されている光景だが、「TINTO COFFEE」は玄関口にどーんとコーヒーマシンとバリスタが鎮座しているのだ。
まるで「あ~ら、おかえり、自分で入れてく?」「働いていく?」と声をかけられそうな距離感。
決して広くはない6坪の店内。中央にはステンレス製の大きなテーブルが置かれ、重厚なエスプレッソマシンが鎮座する。
席数も、マシン前のカウンターが4席、テーブル席は2人掛けがわずか2組と少なく、主役はあくまでもマシンであり、バリスタといったポリシーのようだ。
取材日の平日夜、閉店の30分前からお店の外から店内の様子を眺めていたが、若いサラリーマン2人組も、近くにある青山学院の大学生と思われるお洒落なカップルも、まるで帰る気配がない。母親や姉が、カウンターキッチンで夕飯の支度をしている近くで家族がくつろいでいるかのような、なんともいえない空気感が店内に流れているのが遠目からでも伝わってくるではないか。
コンセプトは「職人の仕事を、すぐとなりで体験できること」
お店をプロデュースしたのはその道では有名な2人組だ。
電通出身で、成田空港第3ターミナルのカラフルな連絡通路などを手掛けたクリエイティブ・ラボ「PARTY」の設立メンバーでもある、クリエイティブディレクター中村洋基さん。
そして、アート集団「カイブツ」所属で、進撃の巨人のポスターなど精緻な手書きデザイン画で知られるアートディレクター石井正信さんだ。
──お店は2016年3月1日にオープンしたばかり。中村さん、石井さん、1カ月が経ちますが、手応えはどうですか?
おかげさまで、盛況です。青山通りから一本奥にあるので、誰も来ないんじゃないかと心配していましたが……。初月から、予想以上にたくさんのお客さまに訪れていただいて嬉しいです(中村さん)。
なかなか来ないんだろうなあと思っていたのに、たくさんの方に来ていただいて、驚きましたね(石井さん)。
──入口にいきなりバリスタがいて、エスプレッソマシンがあって、というお店のレイアウトにまず驚くのですが、どういった順番でお店のイメージを固めていったのでしょうか?
まずこの中央の大きなステンレス製の机から決めて、入口からエスプレッソマシンへの導線になる斜めの壁、天井のライト、といった順番で決めていきました。
コンセプトは「職人の仕事を、すぐとなりで体験できること」。そのために間仕切りをなくしました。店の大部分は、質実剛健なステンレスのカウンターです。女性バリスタが2人ともほんわかした雰囲気なので、木とかあたたかみのある素材を、わざと選ばないようにしています。「サードウェーブコーヒーの流行りのカフェ」ではないです(中村さん)。
──店内の壁に書かれた絵(↑)も、とても印象的です。マジックで1週間ぐらいかけて手描きされたとのことですが、石井さん、コンセプトについて詳しく教えてください。
お客さまがコーヒーを待つ間にじっと見ていられるものにしたいと思って、このお店にまつわるもの、例えばコーヒーを入れる道具、お店のメニュー、バリスタの2人、それぞれの家族やペットなどを書き加えました。
南米コロンビアでは「ティント、ティントー」と言いながらコーヒーを売り歩く人がいて、その売り方がお客さんとの距離がすごく近いことから店名に付けたのですが、そのティントのコーヒー売りの姿も描きました(石井さん)。
壁の中に描かれた世界がどんどん広がっていくような。
実は絵自体もまだ途中です。この絵の世界の中にメニューがある、というふうにしたいと思っていて、今後、さらに壁の余白に絵や文字を書き加える予定です(石井さん)。
ネット回線はNuro 2ギガ対応! Macでドヤリングも余裕?
▲「Macでドヤリングしている様子を撮らせてください」というムチャなリクエストにも快く応じてくれる中村さん。自分のMacBook Proをわざわざバッグから出して広げてくれた
──とても素敵なお店なのですが、そもそも畑違いのお2人がなぜコーヒー店を開こうと?
僕はもともとコーヒーに対してそんなにこだわりがなくて、ただスタイルとして「いつもスタバでラテを頼む」という程度でした。ただあるとき、バリスタの方に詳しく説明を聞きながら淹れてもらって飲んだコーヒーがすごく美味しくて。そんな場所を自分たちで作れたら、という思いが始まりですね(中村さん)。
──お店の場所は、青山学院の近くで、大通りから路地に入った、どちらかといえば人目に付きにくいところにあります。この場所にした理由は?
この渋谷2丁目って、IT企業と飲み屋さんが混在しているとても面白い場所で、シナジーが生まれないかなと思って、ここにしました。なので、各席に電源もあるし、ネット回線はNuro 2ギガで爆速なので、Macでドヤリングも可能です(中村さん)。
僕自身は最初、この場所でのオープンに自信がなかったのですが、バリスタの女性2人が頑張って2年くらいかけて23区内を回って見つけてくれた場所だったので。その知見を信じて正解でした(石井さん)。
──その勘が的中した店長の中村理恵子さんに伺います。実際にどういったお客さまが来られますか? ピーク時間を教えてください。
お客さまの年齢層は割と高めで、近隣のビルで働かれている30代以上の方々や、飲食店の方が多くいらっしゃいます。
ピークの時間帯はその日によっても違いますが、オフィスがお昼休憩になる昼の12時半から、夕方16時くらいの間で席が埋まることが多いですね。初めて来られる方、ゆっくり過ごされたい方は午前中がお勧めです(中村理恵子店長)。
──好評なメニューは?
ダントツでハンドドリップのブレンドですね。時間がかかっても座って見ていかれる方が多いです。うちのコーヒーは横浜のテラコーヒーさんから入れていて、マンデリンとエチオピアとグアテマラを配合してもらっているのですが、毎日飲んでも飲み飽きない味に工夫しています。サンドイッチやお菓子も毎日手作りしているので、最近はだいぶ近隣のお客さまにまとめて買っていただくことが増えました(中村理恵子店長)。
▲ハンドドリップコーヒーはレギュラー390円、ラージ450円。その他、カプチーノ(レギュラー430円、ラージ480円)も
▲某スタバでバイト経験のあるカメラマンも驚いていた、“お湯を注ぐと膨らむ”現象。豆は生きている
──バリスタとして、隣でお客さまに見られているのって、嫌ではないですか?
全然嫌ではないです。もちろんお客さまによって接客は変えますが、コーヒーにすごい興味がある方って、入れ方とか豆についてすごく知りたがったり、話したかったり、近くの席に座ってくださったりするので、そういった方にはできるだけ、お声をかけます。ラテアートをするときも、お客さまの近くに行って、手元をお見せするようにしていますね(中村理恵子店長)。
──なるほど。ありがとうございました! いただくと確かに飲みやすい! カップに口を付けるとすーっと飲めてしまい、最後に唇に残る泡をなめると程よい苦味が来る味です。
▲店内ではサンドイッチやクッキーなども販売中。テイクアウト率も高い
アマクない! ホロ苦バリスタ修行
とここで、『メシ通』の編集スタッフNに、中村洋基さんから思わぬ一言が。
「せっかくだから、バリスタやってみます? 店長、いいよね?」
「いいですよ、どうぞ」
「ええええっ!」
とのけ反った編集N。ちなみに彼は、彼女いない歴X年の独身31歳。そしてコーヒーが実は苦手である。
しどろもどろになる編集Nを横目に、店長の指導が始まった。最初に手本を見せて、実践。
「ここでエスプレッソを」(店長)
「そもそも、エスプレッソって何なんすか」(編集N)
「…………」(店長)
初めて触るエスプレッソマシン。「かっけー!」
(軽く国産乗用車1台分くらいはするらしい。中村さん曰く「エスプレッソマシン界のフェラーリ」)
こうして見ると、編集Nは髪が長くてうっとおしいし、さっさと切ったほうがいい。
おおおおーーーキタキターー!
ミルクも温めてと。
「気を付けないと牛乳が爆発しますよ」(店長)
「は、はいっ!!」(編集N)
見よう見まねでミルクを注ぐ。
中村師匠のお手本(左)と、アートになれなかった編集Nのラテ(右)。
おそるおそる味見……
「うん、これなら僕も全然イケますよ。コーヒー、美味しいんですね……」
バリスタとお客さまの境目がないコーヒー店は、コーヒーが苦手でもコーヒー好きにさせる、さまざまなボーダーを軽く越えさせる不思議なお店のようだ。
中村さん、石井さん、そしてバリスタのお2人、お忙しい中ありがとうございました!
撮影:村上宗一郎
お店情報
TINTO COFFEE
住所:東京都渋谷区渋谷2-8-10 ビル・グーテ青山1階
電話番号:03-6873-7427
営業時間:平日8:00〜19:00、土曜・祝日10:00~19:00
定休日:日曜日
石井正信さんからのおしらせ
10人の現代美術作家 × 平野啓一郎「マチネの終わりに」作品展
石井さんが挿画を担当していた平野啓一郎氏の小説『マチネの終わりに』(毎日新聞とnoteで連載)。完結を記念して、石井さんを含む10人の現代美術作家が手がける『マチネの終わりに』をテーマにした作品を展示します。
会期:2016年4月8日(金) - 4月18日(月)
時間:11:00 - 20:00
場所:渋谷ヒカリエ8F CUBE 1, 2, 3
料金:入場無料
主催:コルク、ピースオブケイク