インスタで支持される食いしん坊礼賛マンガ
食いしん坊すぎるぽっちゃり姉妹のマンガが、インスタ上でちょっとした事件だ。まずは、彼女たちのカロリー過多な日常が描かれた作品を1話分だけメシ通読者に特別にお届けしよう。
〜『禁断の変態ごはん』(©️宝島社)より〜
……とまあ、こんな感じで、鋭い洞察力とユーモアにあふれる女子目線から描かれた姉妹のコミカルな日常は今、インスタ女子の間で話題沸騰中なのである。
昨年8月のインスタグラムアカウント開設以来、フォロワー数は6万人到達目前。さらに今年3月には初のコミックエッセイが発売された。そして、3カ月と空かないこの5月に2冊めの著書、『禁断の変態ごはん』をリリース。
この本は、姉の万里菜さん(生クリーム飲みが特技)と、妹の潤奈さん(好物はフライドポテト)が考案した「うまい、簡単、高カロリーな欲望全開レシピ」を、潤奈さんが持ち前のギャグセンスで紹介するグルメマンガ。
登場する料理のどれもが暴力的な胃もたれ感を誘う、スリムボディが賛美され健康志向著しい世間のトレンドの真逆を行くものばかりでありながら、妙にうまそうという、まさしく禁断のハイカロリーグルメ読本なのだ。
そこで『メシ通』は、小林姉妹のマンガ担当である妹の潤奈さんにお話をうかがうことにした。
いったい小林姉妹とは何者なのか?
『禁断の変態ごはん』はどんな経緯で生まれたのか?
そして、美容や健康にとりわけビンカンなお年頃の女子でありながら、なぜここまでハイカロリーなグルメに溺れ、自らの食欲を100%肯定できるのか?
本気でおいしさを追求したら「変態ごはん」になった
── 最初にこんなことをうかがうのは気がひけるのですが、『禁断の変態ごはん』で紹介されているレシピはネタではないですよね?
ネタじゃないです。まったくふざけてないですよ。本気でおいしさを突きつめて作りました。「絶対においしい」っていう確固たる自信を持っています。
── 安心しました(笑)。どういった経緯で本を出すことに?
最初は身内で盛り上がればいいなと思って、作ったごはんの写真を面白半分にインスタにアップしていたら、それを見た担当編集者の方が「一緒に本を作りましょう!」って声をかけてくださったんです。こんな健康志向全盛の時代に、まさか大々的に本になるなんて、ぜんぜん思ってなかったですけど。
── フォロワーのみなさんからはどんな反響がありましたか?
「これはすごい!」みたいなコメントをたくさんいただいてうれしかったのと同時に、「やっぱりな」とも思いました。
── 「やっぱり」とは?
「私だけじゃなく、みんな変態ごはんを求めていたんだ。こういうのをみんな作りたいし、食べたいよな」って。「私も作ってみました」っていうDMもちょいちょいいただいていて、DMってことは、公には書き込めなかったんでしょうね(笑)。怖いもの見たさで作ってみた人も多いと思いますけれど、食べた方からは高評価をいただいています。
── お姉さんも喜んだでしょう?
そうですね。でも、私が「マンガをインスタに上げてみようか」と言った時には「え、大丈夫かな」って冷静な対応だったんです。「これは悪魔の食べ物だから、喜んでいるのは私たちだけかもしれない、他人に見せたらきっと引かれる」っていう恐怖があったみたいです。
── 悪魔の食べ物って(笑)。「うまい、簡単、高カロリーな欲望全開レシピ」と本に銘打たれているのですが、小林さんにとって「変態ごはん」の定義とは?
食べることで、すべてのしがらみから解き放たれるごはんです。
── 自分を解放してくれるごはん、ですか?
そう。どれも高カロリー過ぎて、「こんなの食べたらヤバい」って、ひと目見たらわかるじゃないですか。食べてはいけない、でも、おいしい。そこを1歩踏み込んで食べてみることで、己の抑制から解き放たれる爽快感。
── 本当は「食べちゃいけない」っていう意識があるんですね。
ありますよ。だから理性との戦いですよね。いつもは死にかけている女としての「美」への意識が、震えながら「それを食べるのは、ちょっと待ってくれ」ってささやいてくるんですけれど、そのおいしさゆえにあらがえない。
高カロリー=うまい。高カロリー×高カロリー=めちゃめちゃうまい
── 表紙カバーの「メープルベーコンチーズドーナツ」(砂糖でコーティングしたドーナツにベーコンで包んだカマンベールチーズを挟んでメープルシロップをかけたもの)の写真を見ただけで胸焼けがしました。小林さんは大丈夫なんですか?
胸焼け、めちゃくちゃしますよ。でも、胸焼けはカロリーに溺れている証拠。カロリーを体感している証なんですよ。
── わはは。胸焼けしたとは言いながらも、おいしそうな料理もたくさんある。キワモノのはずなのに、説得力があるのが不思議です。
確実においしいもの同士のぶつかり合いだから、おいしいのは当たり前なんです。「カレーもハンバーグもおいしい。だから、ハンバーグカレーは絶対おいしい」のと同じで、ドーナツもベーコンもおいしいから、合わせたら絶対おいしいっていう。もちろん、組み合わせにはセンスが求められますけど。
── 「おいしいものとおいしいものを組み合わせたらおいしくなるに違いない」というのが変態ごはんの柱となる考え方なんですね。
そうなんです。
── レシピを見ていて気づいたのですが、変態ごはんの食材にはチーズとバターはほぼマストなんでしょうか?
マストですね(キッパリ)。
── なぜでしょう?
単純に、めちゃめちゃおいしいからです。両方とも濃厚な食材の大御所なので。
── ほとんどが買い置きできる材料でつくれるのもポイントだと思いました。生鮮品はお肉くらい。でも、最近の冷蔵庫はいい状態で長く保存できますし、ハムやベーコン、冷凍食品でも代用できるから、いちいちスーパーに買い出しに行く必要もない。
そう言えばそうですね。本を作る前の打ち合わせで「コンビニでもそろえられる材料で作りたい。手軽にデブになれる料理がいいよね」っていうことは話していたんですけど。
── おデブになりたいんですか?
なりたくないですよ(笑)。でも、そもそも高カロリーのものっておいしいじゃないですか。カロリーを高くすればよりおいしくなる。その期待も含めてレシピにしているから、むやみにカロリーを上げようとして作っているわけではないんです。
── おいしさを突き詰めようとしたら結果的にカロリーが上がってしまった。
そうです。高カロリーなごはんはうまい。そこに小難しい理由はありません。
変態ごはんは「肉」「乳」そして、「愛」でできている
── 子どもの頃からこんな感じの食生活だったのですか?
いえいえ。小さい頃はひどい偏食でヤセっぽちでした。給食も食べられなくて。食に興味がなかったんですね。
── それは意外です。理由はあったのですか?
先生が給食を残すと怒る人だったせいか、食べることが嫌いになってしまって。ところが中学生になって成長期に入った頃に胃のパッキンが壊れちゃった。
── 壊れちゃったんですね(笑)。
部活を始めて体力もついて、ごはんのおいしさを知ってしまったんですよ。同じタイミングで姉の変態的な料理のセンスが開花したので、いい化学反応が起きたのかも。それで、こんなふうになりました。
── お姉さんの変態ごはんを食べるうちに、食の傾向が変わった部分があるんですね。
ありますね。
── 野菜は食べますか?
好んでは食べません。メインは肉と炭水化物と乳製品。あ、ポテトチップスは野菜ですね。「じゃがりこ」のサラダ味とか、「サラダ」って書いてあるし。
── インスタントラーメンの粉末スープに入っている乾燥ネギを野菜にカウントする人とかもいますよね(笑)。
それに、お肉だってもともとは草でしょう。草を食べて育った牛の肉を食べているわけだから、つまりは野菜を食べていることになる。
── 言いたいことはわかりますが、栄養学的にそれは違うような……。
気の持ちようですよ。気の持ちよう(笑)。
── ほとんどのレシピ担当はお姉さんでしたね。
姉はヤバいです。天才。ネタ不足で困っていて「もうダメ」ってLINEで投げたら瞬時にいくつかアイデアを送ってくれて、その通りに作ると見事においしい。
姉は私がおいしそうに食べるのを見るのが好きなんです。だから、自分が食べたいと思って作るというより、私のために、私の好きそうなものを組み合わせて考え出してくれるのだと思います。
── かわいい妹を喜ばせるための愛情表現のひとつが変態ごはんだった?
そうです。変態ごはんは「愛」なんですよ。
カロリーは万能調味料。そして、万能薬でもある
── マンガのなかの「この世でもっとも万能な調味料はカロリー」という一文が奮っています。
それだけじゃなくて、カロリーは万能薬だとも思っています。
── どういうことですか?
高カロリーのものを食べると明るい気持ちになるし体力も回復する。風邪だって治ります。結局、最良の薬はカロリーなんですよ。なんといっても幸せになれますからね。
── 高カロリーの食べ物は健康的ではない、と指摘しているお医者さんはたくさんいますが……。
それは「高カロリーのものを食べる=不健康=不幸」というモノサシで見るからだと思うんですよ。私たちのモノサシは「高カロリーなものを食べる=心が健康=幸せ」。
── 健康に対する価値観のモノサシが違うわけですね。
体も大事だけれど、私は心の健康を第一に考えたい。ダイエットをこじらせて過食したり、好きでもないキャベツを食べ続けて血液がサラサラになったとしても、それは本当に健康だと言えるのだろうか? と。
── とはいえ、小林さんも年頃の女子ですから「スリムになりたい」「男性からチヤホヤされたい」っていう欲求も少なからずあると思うんです。「食べたい」と「ヤセたい」の間で葛藤にさいなまれることはありませんか?
ありますよ。「ヤセたいとは思わない」って言ったら嘘になる。でもね、考えたんですよ。例えば……①「ヤセたい」、②「食べたい」、③「運動したくない」、この3つの欲求に優先順位を付けて「食べたい」と「運動したくない」が「ヤセたい」を上回ったらヤセを控えるしかない。それでも控えないのは「ヤセ」に失礼ですよ。「食べたい」が1位で、2位に「ヤセたい」が来るなら、頑張って運動すればいい。食べるかヤセるかは、自分と向き合って決めるしかないんです。
── 自分と向き合った末に「食べたい」と「運動したくない」が先に来てしまった。
優先順位はたまに変わるので、運動することもあるんですけど(笑)。やっぱりヤセたいしモテたい気持ちはありますからね。最後は「食べたい」を優先しちゃうけど。
あれこれ言っても結局のところ、食べている自分が好きなのです
── 小林さんほど奔放に高カロリーな好物を食べたうえで、自分の食欲を肯定できている人は、特に女性には少ないと思います。どうしてそこまで肯定できるのですか?
「おいしいもの、高カロリーな食べ物が好き」と前向きに捉えられている自分が好きだからでしょうね。みんなが美容重視、健康重視なカロリー控えめの料理を食べていても「自分は食べたいものだけを好きなだけ食べる」って言える自分が好き。だから、そのままでいるのだと思います。
── 正直な自分が好きで、そんな自分でいたいから食べる、と。
別に、女を捨てているわけじゃないです(笑)。なにかを諦めて太り続けているわけでもなくて、自分の好きなものと真剣に向き合った結果だから、太ってもそれは美しい。100カラットの脂肪です。
── 小林さんのそんなスタンスが、インスタ女子たちに支持される理由なのかもしれませんね。たとえは少々古いかもしれませんが、フォロワーの皆さんにとって小林さんは、アムラーにとっての安室奈美恵のような存在なのかも、と思いました。
安室奈美恵? すごいですね(笑)。
── 社会や他人が何と言おうと、自分の思いに忠実に胸を張って生きている女性のロールモデル。いわゆる世間が勝手に作りあげた「スリムな愛され女子」というまやかしの荒海で漂流している女性たちにとっての灯台、というか、ヒロインなのかも、と。
そういえば、インスタグラムのコメント欄に一度、「デブ界のミューズ」みたいに書かれていたことがありました(笑)。
── うわ、安室ちゃんならぬ、ドラクロワの『民衆を導く自由の女神』だ(笑)。
▲小林さんオリジナルイラスト『民衆を導くデブ界のミューズ』
── コメントを読んでどう思いました?
そんなつもりで生きているわけではまったくないけれど、ミューズだなんて誇り高いなって思いましたよ。
── そもそも、命の源であるはずの食欲に正直であることを罪悪に感じるというのも、どこかおかしな話なんですよね。
「食べることや太ることは富の象徴なのに、みんなどうしてガマンするんだろう?」と思うことがあります。自分の食欲を認められない人には、「食べることは富。だから、食べていい」って言いたいです。
── 食べること、太ることは豊かさの象徴だと。
そう。だから、思い切り食べたいのに我慢している人は、早く胃のパッキンを壊してほしい。心のリミッターを解除してほしいです。『禁断の変態ごはん』はカロリー沼をのぞいている人の背中を押してくれる本なので、のぞくだけでなく、ぜひ一度、その沼にも落ちてみて欲しいですね。
ミューズ降臨。
このインタビューの前に、サーティーワンのバラエティパック(6個入り)を軽くキメてきたらしい。
プロフィール
小林潤奈(こばやし・じゅんな)
1995年、愛知県生まれ。2016年からTwitterでマンガ「小林姉妹」の配信を開始。2017年に念願のマンガ家デビューを果たし連載をスタートするも、3か月で打ち切りに。その後、あきらめない精神を発揮し、Instagramでマンガをほぼ毎日更新。半年でフォロワー5.2万人を突破する。著書に『小林姉妹はあきらめない!』(KADOKAWA)がある。好きな食べ物はフライドポテトとチーズ。