「大衆酒場の攻略本」を作った玉袋筋太郎さんが、“やらかしてた頃の俺”に教えてやりたいこと

2020年2月。芸能界指折りの飲兵衛・玉袋筋太郎さんが「大衆酒場の教科書」的ムック本を完成させた。あれから約3年、当時のインタビュー記事をこのたび公開。テーマは、大衆酒場ビギナー時代の“俺への説教”です。

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※この記事は新型コロナウイルス流行前の2020年3月ごろに取材した記事です。昨今の事情を鑑み、2023年2月に公開しました。

 

「大衆と体臭ってイコールだと思う」「憎まれるより煮込まれろ」「戦火をくぐるより暖簾をくぐれ!」などなどの名言・金言が紙面いっぱいにあふれた玉袋筋太郎さんの新ムック『大衆酒場の作法 煮込み編』。

 

本書は(酒飲みであれば)共感度100%。胃袋は鳴り、喉は乾き、腎臓は少しだけ痛むかもしれない罪深き名著なのだが、これを熟練者だけのものにしておくのはあまりにも惜しい。なぜならこれは、大衆酒場という空間にどこか尻込みしてしまっている若き酒好きにこそ読んでもらいたい、ひとりの男の成長奇譚でもあるからだ。

そこで今回は、“まだ白帯だった頃”のヤング玉袋さんを、現在の玉袋さん自身に回想していただき、説教をくれてもらうという迷企画を出してみた。

後世の酒飲みたちにこそ届けたい、愛と笑いの大反省会。玉ちゃんしっかり答えてくださいました!

 

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▲玉袋筋太郎さん。酒飲みにとっては説明不要の手練れながら「俺は“黒帯”にはまだまだよ」と語る。取材はご自身が経営されている「スナック玉ちゃん 赤坂本店」にて

 

「芸人はボーダーレスでいい」そんな勘違いがあったんだ

──今日はよろしくお願いします。まずは新刊の発売おめでとうございます。僕の隣の若い編集者は、これをガイドにさっそく大衆酒場の洗礼を受けてきたみたいです。

 

編集T:いやぁ、とにかく楽しかったですね。大衆酒場にはそこまで縁がなかったんですが、これからハマってしまいそうです……。

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋筋太郎さん(以下、玉袋さん):だろ? この本がきっかけで大衆酒場への道が開けたんであれば、そりゃ本望だ。煮込みの紹介あり、西山茉希ちゃんとの対談ありで、これから大衆酒場を回ってみたいという若い子のためにつくったところもあるから……(グラスを口に運んで)……うん、我ながらいいものをつくったね。

 

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▲扶桑社MOOKより発売中の『大衆酒場の作法 煮込み編』。巻頭のロング・インタビューから酔いが回る

 

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▲玉袋さんが「東京ドーム2杯ぶんはいっしょに飲んだ」「推察力がすばらしい」と認めるモデル・西山茉希さんとの爆笑放談にも、大衆酒場道の真髄がひたひたと

 

──ところで大衆酒場が合わない人というのはいると思われますか?

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:いないんじゃないかな。怖がってる人はいるかもしれないけど。
たとえば“煮込み”ってのは大衆酒場でこそ味わえる定番メニューなわけだけど、食べて「これはマズい!」って人はあんまりいないだろ? 大衆酒場もそれといっしょ。食わず嫌いなままにしておくのはもったいないよ。

 

──だからこそ(煮込みを)今回のムックのテーマに選ばれたと。

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:それもあるね。煮込みは大衆酒場の懐っていうのはよく表してるんだよ。優しくて、深くてさ。どこにでもある定番だし、だからこそ大将の腕の見せ所にもなってて、リトマス試験紙なメニューとしても味わえる。

煮込みって日本人のソウルフードだよな。これからは外国人の人にも寿司だけじゃなくガンガン食べてもらいたいよね。めざせ世界共通語。赤提灯の向こうから「ニコ~ミ! ニコ~ミ!」って声が聞こえてきたら楽しいだろうな。

 

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▲三鷹「三鷹のやまちゃん 本店」の「絶景煮込み」。ムックに登場する玉さん認定“煮込ミスト”こと橋本きょうへい氏も太鼓判の逸品。口の中をコロコロと転がるうちになくなってしまう牛スジのゼラチン質に驚く(画像:扶桑社MOOK 玉袋筋太郎PRESENTS 『大衆酒場の作法 煮込み編』36ページより)

 

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▲東十条「埼玉屋」の煮込みは特注のパンにつけて食べる変わり種。大将曰く「これは煮込みじゃなくビーフシチューだからね(笑)」(画像:扶桑社MOOK 玉袋筋太郎PRESENTS 『大衆酒場の作法 煮込み編』33ページより)

 

──本日の企画は“俺への説教”なのですが、白帯だった頃のことは覚えていらっしゃいますか?

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:覚えてるよ。ただ、話せることと話せないことがある(笑)。……まぁ、誰もがいきなり黒帯になれるなんてことはないから、俺も失敗は数限りなくしてきたね。若い頃はとにかく金がないからさ、酒といえばそのへんの居酒屋で騒いでるだけだったんだ。ライブの打ち上げなんかでオラオラ系のわっしょいわっしょいで大騒ぎしちゃった夜もあるしね。

 

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──でも、大抵の居酒屋は大箱ですからオラオラ系でも許されますよね。店員さんもある程度は覚悟しているでしょうし。

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:怖いのは、いつまでもそういうノリが抜けなくて、老舗の大衆酒場でやらかしちゃったときなんだよ。その時の浮き方といったらないよ。若い頃は「芸人だからボーダーレスでいいんだ」みたいな勘違いがあって、静かに飲んでる人に馴れ馴れしく話しかけちゃったりさ……(グラスを口に運んで)……これはまぁ、言えないけどさ、殴り合いの喧嘩とかになっちゃったこととかも、もしかしたらあったかもしれない……。

 

──説教のしがいがありますね……。

 

ヤング玉袋へのお説教「なんでもない石になれ」

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:当時の自分には、「なんでもない石になれ」と言いたいね。それは、場の空気を読んで、譲り合って、場に溶け込むってこと。若い頃はたいして面白くもないのに自分を出しちゃったりするからさ。

 

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f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:だから、もし初めての大衆酒場に入ったら、まずはバードビューで全体を俯瞰して、自分の居場所を見つけろと。最初から多くを求めすぎちゃダメだぞと。

もし隣のオジサンが裏メニューを頼んでいたとしても、それはそのオジサンが店とのやりとりで何年もかけて築き上げたスペシャルなんだから、それを横からさらっちゃうトンビにはなるなよと。どうしても食べたければ、週2回ぐらいの頻度で通って、顔ぐらいは覚えてもらってからだぞと。それも自分から頼むんじゃなく、オジサンが頼んだタイミングで、「すみませんがそれ僕もいただいていいですか?」と慎重にいけと。

 

──(笑)ものすごく細かな説教ですね。

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:そりゃそうだよ。全部自分が体験してきたことなんだから。

最初は普通の店で満足してたとしても、“気づき”の瞬間っていうのはみんなにやってくるものなんだよ。それは仕事の先輩がいつもとは違う店に連れて行ってくれたときかもしれないし、逆に女の子に見栄をはって失敗したときかもしれない。

自分も女の子といるときにだいぶ背伸びしちゃって、当時の月給が3万円しかないのにボトルなんか入れちゃって、金が足りなくなってね。あの時の自分には怒ってやりたいね。女の子には「俺はまだ飲んでるから」って先に帰らしておいてさ……。

 

──え? まさか脚力で切り抜けたわけじゃないですよね?

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:いや、女の子が見えなくなった瞬間に平謝り。「すみません! 絶対戻ってきますから!」って。……でも、今から思えばそういう失敗も“気づき”のひとつ。自分の成長には必要だったのかな。

 

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──失敗はいちばんの先生です。

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:身をもって学ぶってやつだね。たとえば仕事の先輩がいい店に連れて行ってくれたとしたらさ、当然オラオラ系は通用しないよな。そこからサシでしっぽり飲むことの楽しさとか、場をしんみりさせないために自分が道化に徹して馬鹿話をするとかのスキルが生まれていくわけ。そういう経験を重ねることで、人間のカドが取れてくる。

 

──玉袋さんを変えてくれた“先輩”がいましたら教えてください。

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:これは酒場での話じゃないんだけど、俺がよくいくラドンセンターの常連さんは正真正銘の大先輩だよ。

そこの施設は番台がとにかく最悪でさ、これでよく客商売をやっていけるなってぐらい態度が悪いのよ。ロッカーキーなんかも、汚いものを触るみたいによこしてきてさ。で、サウナに入ったらその常連さんが先にいて、他には誰もいなかったから、思わず「あの番台の態度なんですか? 信じられないよ俺」って話しかけちゃったの。そしたらね、「兄ちゃんさ、そう考えるのもわかるけど、もしあの番台に可愛いお姉ちゃんが座っててみろ、昼間からこんなにガラガラのサウナは楽しめなくなるんだぞ」って。

 

──シビれますね……。

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:これが“逆手を取る”ってことなんだよな。その時はかなりいい言葉をもらったと思ったし、そのオジサンとはずっと仲良くさせてもらってる。俺は大学なんか行ってないからよく知らないけど、こういう考え方ってのは学校の授業じゃ教えてくれないよな。

 

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「大将の歯を見たら俺の勝ち」酒場巡りをRPGに

──そういう“ものの考え方”というのは、サウナや大衆酒場の外、つまりは学校や会社でも意外な戦力になったりするんですよね。

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:なんにでも応用できるよ。自分も本当の意味での譲り合いとか気遣いを覚えたのは大衆酒場に通い出してからじゃないかな。昔の自分には「なるべく早く行っておけ!」と言いたいね。

たとえば学生時代にずっと同じ仲間と飲んでる限りは、トイレに立つときに「ちょっとすみません」みたいな言葉すら必要ないわけ。それはそれで気楽でいいのかもしれないけど、そういうぬるま湯に浸かっている限り、人間的な成長はないよな。今は相席の文化なんかもなくなってきてるし、自分たちの陣地だけ取れればいいってことになっちゃってるから。

 

──ハメを外して楽しそうに見える人も、実際のところは”仲間や地元という殻”に閉じこもっている人というのは多いでしょうね。

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:そういう殻はどんどん壊して外に出ていくべきだね。最初は普通の居酒屋で下地をつくってもいいけど、次はちょっと背伸びして、昭和の名女優のポスターが貼られたエセ昭和な店に行ってみる。そうやってゆっくり階段を昇っていけば、自然と本物の店に辿り着けるわけ。とにかく自分から動くことが大切なんだよ。

 

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f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:で、そういう名店の常連たちと自然に渡り合えるようになる頃には、「嫌な上司をなんとか笑わせて、奴の歯を見たら俺の勝ち」みたいに、物事を大きく考えられるようになる。俺だって、気難しい大将の店なんかはそうやって楽しむこともあるからね。ちょっとやそっとのことはそうやってゲームにしちゃえばいいんだよ。

 

──大衆居酒屋巡りをRPG化してしまう。

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:そうそう。だからもしこの記事を読む人が大衆酒場を試してみるんであれば、まずはひとりで行ってみることを薦めたいね。だって4人のパーティで行ったとしたら、超強いモンスターを一匹倒したとしても経験値は4等分になっちゃうじゃん。

 

──わはははは! ……ただそれ、初心者には結構な冒険かもしれませんね……。

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:でもさ、たとえば釣りだったら、最高の天気で“べた凪“(風が全くなく、海面に波がないこと)のときもあれば、低気圧で(波が)うねっちゃってて、まったく釣れねぇときもあるわけ。でも大衆酒場の場合は、頼めば酒は出てくるわけだし、つまみだって出てくる。ボウズ(魚が全く釣れないこと)の心配はないわけだよ。それだけでも楽しみは保証されてると思うけどね。

 

──”元本割れ"はないわけです。

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:あと、大衆酒場が苦手って人は、頑固親父とかウルサい常連に対するネガティブな幻想が膨らみすぎてるんじゃないかな。必要以上に緊張することなんてないんだよ。嫌な店だったらもう行かなきゃいいだけの話だろ?

 

──渋い常連さんもコワモテの大将も、最初は白帯だったわけですからね。どっしり構えた大将の顔を眺めながら、その顔に開店初日の冷や汗を重ねてみると、すごくチャーミングに見えてくるという……。

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:そうそう! 店の人も最初は初心者! 俺は自分でも(スナック「玉ちゃん」を)やってるのでそれはすごくわかるな〜。

どんな黒帯だって結局は同じ人間なんだから、要はこっちが敵の尻尾を踏まなければ、とって食われることなんてまずないわけだよ。ただ、そこに無礼があっちゃいけない。サファリパークだって、ルールを破って車から降りたらそりゃあ食い殺されて当然だよな。

中には管理の杜撰なサファリパークもあって、正直「危ねぇなこれ」って思うときもあるけど、それはそれでたまに発生するスペシャルイベントであって、いつもは車に乗って、いいテンポで敷地内を廻って、いろんな動物を見て帰ってくるのが楽しいわけでさ。

 

店を育てる暗黙のルール

──これまでで印象に残っている酒場のルールはありますか?

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:なんだろな……あ、荻窪の横丁の鍵なんかはおもしれぇなぁって思うね。横丁の脇に共同トイレがあって、そこにいくには店の人に言って鍵を借りなきゃいけない。フックにかかってる鍵を借りてトイレにいくなんて、なんかいいじゃない。「こっそり合鍵つくってやる」って言ったら怒られちゃったけど(笑)。

 

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f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:あとはやっぱり暗黙のルールになるのかな。たとえば居酒屋の皿なんかでも、食いっぱなし散らかしっぱなしで帰る客もいれば、ある程度皿を重ねて、本当は店員さんが2往復しなくちゃいけないところを1往復で済むようにしてあげる客もいて、そういう客っていうのは自然と店からも好かれるし、お手本にされる。で、いつのまにかそれがルールになっていく。

 

──店は客がつくるものでもあります。

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:そうだよ。荻窪の「かっぱ」なんかは伝票がなくて、空き瓶と串の数で会計してもらうんだけど、そこのベテランの人ってのはさ、自分が食うものをあらかじめ決めてるからさ、最初から定額ピッタリを持ってくるんだよ。混雑してる中でお釣りを出してもらうのは悪いからって。そこでパーンと金を置いて店を出ていく黒帯のカッコよさっていったらないね。

 

──店まで輝いて見えますね。

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:それを、店の混雑具合もチェックしないで、テメェが食いたいものを大声で「タコワサビ! タコワサビ!」みたいな。ああいうのはみっともないし、店の雰囲気も悪くなるよな。

要は自分がやってもらって嬉しいことを自然にやっていればいいだけなんだよ。

 

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▲荻窪「もつ焼き専門店 カッパ」のモツ焼き。ここに合わせるのは老酒熱燗!(画像:扶桑社MOOK 玉袋筋太郎PRESENTS 『大衆酒場の作法 煮込み編』87ページより)

 

──確かにそう考えれば、大衆居酒屋で気持ちよく飲むことなんて、すごく簡単なことなんですよね。

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:そうだよ。そうやって通ううちに「この店は大切な店だな」って思えればいいわけ。だって、大切な店は大切な人しか連れてかないだろ? そうやっていい空間ができていくんだよ。

 

酒場巡りは私小説。自分だけのエッセイを書くように

──ところで昔のご自分に大衆酒場童貞を切らせるとしたら、どの店を勧めますか?

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:迷うな……ちょっと待ってな。ここにいいガイドがあるから(笑)。

 

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f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:う〜ん、野方の「秋元屋」とか水道橋の「でん」も捨てがたいけど、初めてだったら吉祥寺の「いせや」かな。ここなんかは大衆酒場界のマンモス校だから。やっぱり最初は大きな店のほうが紛れられるじゃん。いきなり狭いカウンターだと、下手したら1対3ぐらいの戦いになっちゃうしね。

 

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▲「秋元屋」にて。「ここの煮込みは名湯。入浴剤として売ってもいいと思う」と玉袋さん(画像:扶桑社MOOK 玉袋筋太郎PRESENTS 『大衆酒場の作法 煮込み編』54ページより)

 

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▲玉袋さんの心の銘店・水道橋「でん」のスタッフと。「(働く彼らの)背中を見てるだけでもいいもん。どんな名優も適わないよ」(画像:扶桑社MOOK 玉袋筋太郎PRESENTS 『大衆酒場の作法 煮込み編』48、49ページより)

 

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▲吉祥寺「いせや総本店」の店内。広く開放感のある店内に加え、すぐ隣は井の頭公園という好立地。確かに初心者には優しい(が、奥は深い)(画像:扶桑社MOOK 玉袋筋太郎PRESENTS 『大衆酒場の作法 煮込み編』31ページより)

 

──やはり「行くならひとりで行け」なんですね。

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:そのほうが私小説になるからね。その場その場を自分だけのエッセイを書いてるつもりで楽しめと。

たとえば普通の居酒屋での酒が台本ありきのものだとすると、大衆居酒屋はそれに満足しちゃってた自分を変えてくれる場所なんだよ。行ったら行ったで「自分にはこれが必要だったんだ」ってものが見えてくる。

今のテレビドラマなんて観たって全然面白くないだろ? いい役者なんて出てねぇもん。その点、大衆酒場は名優・名女優だらけ。自分では思いもよらない脚本に出合えることもあるしね。

 

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▲玉袋さんが“百年酒場”と語る「山代屋酒場」での一コマ(画像:扶桑社MOOK 玉袋筋太郎PRESENTS 『大衆酒場の作法 煮込み編』70ページより)

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:やっぱり大衆酒場に行くからには、ひとつふたつ常連さんや大将のいいエピソードを聞いて帰りたいっていうのはあるかな。彼らはその地でずっと定点観測してきた猛者なわけ。だから街の移り変わりなんかも教えてもらえるし。

 

──そういった脚本やエピソードに出合うための、大将やお客さんとの距離の詰め方というのはありますか?

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:たとえばスナックの場合は毎日演目が変わっちゃうのね。「今日は賑やかだなぁ」とか「今日は人情系でしっぽりしてるな」とか。でも、大衆酒場っていうのは、話の種類が決まってるんだよ。基本的に深い話はなし。

よくいうのが、政治と宗教と野球の話はするなってことで、これは酒場の大原則。だからみんなで相撲の中継なんかを観てるわけなんだけど、期待の力士が勝ったりした時に、カウンターが「おっしゃ~!」と湧くことがあってね。大抵はそういうタイミングで「頑張りましたねぇ~」みたいに自然と話を始めるというのがスマートなんじゃないかな。

あとは全員にとって共通の敵がいたりすると、それをきっかけに仲良くなったりもするね。タチの悪い酔っ払いにみんな参ってるんだけど、そいつが帰った瞬間、我慢して残ってた俺たちに一体感が生まれる(笑)。よっしゃ飲みなおそう! って。

 

──たまに文庫本を開きながらも“話しかけて欲しいオーラ”全開のオジサンとかいますよね。

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:文庫な! 確かにあれは判断が難しいわ(笑)! でも、そういう人が名作落語に匹敵するような話を持ってたりする可能性もあるからね。そういう人を攻略して、いい話を聞けたときなんかは本当にうれしい。

 

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▲月島の青空立ち飲み「げんき」にて、常連さんに「わかば」をいただく玉袋さん(画像:扶桑社MOOK 玉袋筋太郎PRESENTS 『大衆酒場の作法 煮込み編』64ページより)

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:月島「げんき」の客なんかも最高だね。話が味わい深いし、話自体がツマミになる。基本的に毎回同じ話だったりもするんだけど、それがまた楽しいんだ。

 

──寄席に通う感覚というか。

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:そうそう! あれは毎回同じで同じようにやってくれるから面白いわけ。煮込みだってそれと同じで、「どうせまた同じ味だからいいや」なんてことは思わないわけ。

今の若い子って、常に新しいものを探してそっちにいっちゃう人が多いと思うんだけど、若いうちから贔屓の演芸場っていうのをひとつふたつ持っておくっていうのはすごくいいことだと思うね。

 

──しかもその演芸場、当日券がすごく安いんですよね。出入りも自由だし、1,000円だけ払って帰ったとしても気を遣うこともないですし。

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:金のないヤツだってハシゴできちゃう。赤羽の立ち飲み「いこい」なんて、カウンターに5,000円置いたら「でかいよおまえ」って怒られちゃったよ(笑)。

 

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▲赤羽「立ち飲みいこい 本店」はキャッシュオン制。「煮込み」はなんと110円! 夏場でも食べられる「おでん」もうれしい(画像:扶桑社MOOK 玉袋筋太郎PRESENTS 『大衆酒場の作法 煮込み編』61ページより)

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:(グラスを口に運んで)いや~、こういう話してるとどんどん飲みたくなっちゃうな(笑)。

 

──それは僕らも同じです。

 

編集T:今日は本当にありがとうございました。そろそろ17時ですし、僕は今日も知らない店に飛び込んでみようと思ってます。

 

f:id:exw_mesi:20200406111521p:plain玉袋さん:うん、それがいいよ。若いうちは多少の失敗なんか恐れなくていいんだ。だって、これまでどれだけの人間が酒で失敗してきてると思う? そんなのに比べたら君らの失敗なんてどうってことないんだよ。

あ、今のが昔の自分にいちばんかけてやりたい言葉かもなぁ(笑)。

 

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※この記事は新型コロナウイルス流行前の2020年3月ごろに取材した記事です。昨今の事情を鑑み、2023年2月に公開しました。

 

書いた人:善行積太郎

善行積太郎

三度のメシよりメシが好き。お酒はもっと好き。酒飲んですぐ寝るのはもっと好き。原稿も写真もやります。性善説を念頭に記事をつくっています。

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