元南極料理人が切り盛りする、横浜「Bar de 南極料理人 Mirai」で日本最古のドライカレーを味覚探検

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南極越冬隊員に大好評だった極太スパムおにぎり

ども、メシ通レポーターの松沢です。まだまだ肌寒いのに、今回はなぜにまたタイトルが南極?

間が悪いことで有名な松沢ですが、今回は外しません。日本最古のドライカレーが横浜にあると聞いて調べていたら、JR関内駅からすぐ近くのお店「Bar de 南極料理人 Mirai」で出されているのが分かりました。シェフは篠原洋一さんという著名な方。篠原シェフは、南極観測隊の調理担当を2回務め、豪華客船「飛鳥」「飛鳥Ⅱ」の和食総料理長を14年も務められた経歴をお持ちです。 わかりやすくいうと、和食業界の村上春樹先生みたいな方です。

「Bar de 南極料理人 Mirai」というお店の名前も、篠原シェフの経歴からのネーミングなんでしょうね。でも、なんで和食の大御所がカレーなんだろう? てなわけで、さっそくお店へ出かけてみました。 

 

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お店は、JR関内駅を出て伊勢佐木町モールに入ってすぐ右。ここです。「Bar de 南極料理人 Mirai」!

 

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スロープを降りていくと、

 

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趣のある店内が目の前に。

 

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 「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」と、篠原シェフが出迎えてくれました。超大御所のシェフの前に、松沢は緊張しまくり。

「さっそく南極ドライカレーからお出ししましょうか?」

篠原シェフから、そうお勧めしていただいたんですが、どうしても先に食べてみたかったものがあるんです。

f:id:Meshi2_Writer:20151030222054j:plainスパムおにぎり(650円)

これです、これ。以前、本で読んだことがあるんですが、第50次南極観測隊の隊員に大好評のメニューだったとか。和食の大御所シェフが作るおにぎりなら、なにか一手間かけてあるに違いない。そうふんだわけです。

 

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見て下さい、この迫力。これぞまさに男メシ。『メシ通』読者のためにあるようなメニューではありませんか。松沢は親指が太いので、さほど大きくないように見えますが、一般的な握り寿司の3倍くらいの大きさ。ボリューミーなのに、するする食べられてしまう。

スパムは塩分が抜いてあって、しかも両面とも炙る手間の入れ方。ごはんとスパムの間にマヨネーズが塗ってあるのに、全然しつこくない。ふんわり握られたおにぎりが、炙った香ばしいスパムの肉汁とマヨネーズを包み込んで、甘味すら感じる優しい味になってます。たしかにおにぎりなんですけど、酢飯を使わずに、火が入ったネタが乗った握り寿司を食べてるような食感です。

現在はランチ営業はやってないそうですが、お昼時に食べられるなら、必ずオーダーしてしまいそう。なるほど。この味なら閉鎖的な空間で長期間過ごす南極観測隊員には喜ばれたでしょうね。

 

ふつうのおにぎりも作ってたんですけど、スパムおにぎりは、第50次南極観測隊の隊員の評判のメニューでしたね。基地は生鮮品がなかなか入らないし、短時間で調理しなければいけないから、麺類が増えるんです。もちろん、調理人だから工夫はするんですけど、毎日麺類ばっかりだったら飽きるでしょう? それと、なにかしら観測の仕事をしながら食事をとる隊員が多いということで、考案してみたんですよ。スパムおにぎりは必ず大量に作って食堂に置いておくように心がけていました。というのも、南極の観測基地は閉鎖的な空間なので、食品がなくなりはじめたとかいった噂が出るだけで、隊員が不安になってしまう。スパムおにぎりを食堂に大量に置いておけば、食糧が大量にあることが一目で分かってみんな安心できるし、隊員も手軽に食事ができるから一石二鳥なんです。ポケットに入れておいて、おやつ代わりに食べる隊員もいましたね。

 

なるほど! この味なら厳しい環境の中でも、心の励みになりそうです。

 

「揺れる船上でも食べやすい」という理由で生まれたドライカレー

よし、今日は炭水化物祭り。ということで念願の日本最古のドライカレー、南極ドライカレーを!

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南極ドライカレー(800円)

どうです、このビジュアル。見た目も華やかですが、深い味なんだこれが。ドライカレーっていうと、チャーハンみたいな、パラパラしたカレー味のごはんっていうイメージじゃないですか?

ぜんっぜん別物ですよ。

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わかります? ドライカレーとはいっても、ミンチ状のカレーがのったドライカレーなんですね。

で肝心の味はというと、今までのドライカレーの概念が覆る味です。確かに「ドライ」ではありますが、濃厚なルーのカレーを食べてるような風味。カレー粉のスパイシーな風味と牛肉の味がしっかり一体感を生み出しているのが分かります。一口食べては味を噛みしめ、また一口食べては味を噛みしめてみたんですが、文才がない松沢は、これ以上の表現ができません。

これは、日本郵船で受け継がれている伝統のメニューを私がアレンジしたものなんです。日本郵船が運航していた三島丸の欧州航路で、この原型になるカレーが出されていたことがわかっていて、少なくとも1911年(明治44年)のメニューにはすでに載っているんですね。昔は、今みたいに空調が発達してないから、赤道を越えると暑くて、お客様が食欲をなくしちゃう。スパイシーなカレーなら、食欲がなくなったお客様でも食べられるということでメニューに載せられたらしいんです。

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これが南極ドライカレーの原型が提供されていた三島丸。

 

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1920年(大正9年)の三島丸欧州航路で使われていたメニューのレプリカ。たしかに、Curry&Riceと書かれてますね。

ドライカレーにしてあるのは理由があるんですよ。昔の客船は、航海時は波の影響でかなり揺れるんですね。今のカレーみたいなルー状のカレーだと、船が揺れた時に、こぼれて食べにくいわけです。ドライカレーなら、少々船が揺れたくらいでは、こぼれたりしない。それでいて、しっかり食べごたえがあるように100パーセント牛肉のミンチを使ってごはんの上に乗せてあるわけです。日本でキーマカレーが流行ったのは、まだ20年経ってないと思いますけど、日本人は100年以上前から似たようなカレーを食べてたことになりますね。

とにかく、今まで食べてきたドライカレーの概念が覆るほどの衝撃を受けたのは事実です。 しかし、ミンチ肉って火を入れるとぱさぱさになるのに、どうしてこんなにジューシーになるんだろう?

昔の料理人が一体どこで発見したのかいまだにわかってないんですが、パイナップルをすり下ろしたものを加えて牛肉を軟らかくしていたんですね。昔は、寄港すると出航する前に、牛のそれぞれの部位を一頭分積み込んでいたんだそうなんです。当然、ヒレみたいな部位はステーキに使われちゃうんで、カレーみたいに煮込む料理になると、すね肉のような硬い部位しか使えないんですね。すね肉も長時間煮込めば、軟らかくなるんですけど、なるべくなら短時間で軟らかくして、かつ旨みも引き出したい。そう考えた料理人が、パイナップルを加えると、酵素の働きでお肉が軟らかくなることを発見したんじゃないでしょうか。赤道を越えるとパイナップルなんて、二束三文で手に入りますからね。

安い牛肉を料理する時に、お肉を柔らかくする酵素を含んでいるパイナップルとかパパイヤに漬け込む調理法はよく知られています。とはいえ、このメニューができたころは、パイナップルを使うとお肉が柔らかくなる科学的な理由は知られていなかったはずですから、当時のシェフの探究心には驚きですね。

また、添えられた福神漬けにも知られざるエピソードがあるようで……。

今でこそカレーといえば、どこで食べても福神漬けがついてきますけど、日本郵船の欧州航路で出されていた時は高級品だったらしいですね。福神漬けは、1等船室の方にしか提供されず、2等や3等船室のお客様のカレーには、たくあんが添えられていたそうです。

恐る恐る、南極ドライカレーのレシピについても尋ねてみました。

牛のすね肉のミンチにパイナップルを加えて、ゆで卵のスライスを添えて、上にフライドオニオンをのせる。これが日本郵船が100年以上提供し続けてきたカレーの伝統のレシピなんですね。私はこの伝統に、南極観測隊の調理員だった時の経験を加えています。白ワインを使い、仕上げにバターでコクを出すのが秘訣です。

本当に不思議なんですが、バターが加えてあるのに全然脂っこくないんですよ。しかしまあ、家庭では絶対に出せない味なのは間違いありません。

 

オススメはレアなラム酒。体の芯からあったまる!

さて、最後に何かもう一品。やや肌寒かったので、温かい料理をお願いしました。

f:id:Meshi2_Writer:20151030234320j:plainエビとホタテのアヒージョ(900円)

 

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通常はバゲットがついてきます

アヒージョはオリーブオイルとにんにく、塩だけで作るのが通常ですが、こちらのお店では白ワインとコンソメを加えてあるのだそう。こういうちょっとした隠しテクが、篠原シェフの技なんでしょうね。「コンソメなんか入れたら、エビやホタテの味が消えてしまわないかなあ」と思ったんですが、まったくの杞憂に終わってしまいました。

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エビがぷりっぷり。新鮮なエビの甘さと潮の香りの後に、白ワインで押さえられたコンソメが追いかけてくるんです。こりゃもうたまらん。一杯飲もう。

 

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お酒の種類も豊富で、

 

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地ビールなども提供されているようですが、篠原シェフのオススメはラム酒。

 

f:id:Meshi2_Writer:20151031001628j:plain グアテマラ産マルテコ20年(900円。アルコール度数41%)

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シーフードにラム酒って初めてだなあ……。おそるおそる口に運んでみると。

お?おおおお!

黒砂糖のような風味の後に魚介の風味が追いかけてきて、最後に残るのはまろやかなラム酒特有の芳香。これは意外でした。ラム酒が、ホットな魚介類の料理に合うなんて。体の芯まであったまりそうです。

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実は、ラム酒って定義がかなりゆるいんですよ。だから粗悪なものもあれば、1本数十万するようなものまで、ピンキリ。そういうこともあって、世界で一番種類が多いお酒がラム酒といわれています(一説では、4万種類くらいあるらしい)。ブラジルだけ「カシャーサ」と呼ぶんですけど、他の世界中の国はサトウキビから作った蒸留酒は総じてラム酒と呼んでいます。

 

和食出身の篠原さんがラム酒に出会ったのは、豪華客船「飛鳥」の料理長時代。長期航海のお土産に、奥様に置物などを買っていたら、「あとに残らないものをお土産にしてほしい」と言われたことから、カリブでおいしいラム酒に出会い、ついハマったのだとか。

 

ラム酒は世界史を体現しているんですよ。たまたま出会ったラム酒に、ブランデーみたいな素晴らしい風味を蓄えたものがあったんです。よく調べてみると、かつての宗主国のフランスやイギリスの影響を受けていることがほとんど。もともとサトウキビってインド原産の植物ですから、カリブ海って、実はサトウキビが大昔は1本もなかったんですよ。それを宗主国だったイギリス、フランス、スペインが砂糖を得るために栽培させはじめた。コロンブスなんかはカリブ諸国にサトウキビを持ち込んだ一人ですが、征服時に彼らが武力攻撃を加えた結果、原住民であるカリブの民族がいなくなってしまった。だから今度は、アフリカの西海岸から人を連れてきて、本格的なサトウキビ栽培をはじめさせて、今に至っています。

 

うはー、中学生のころは退屈でしかたなかった世界史の授業の大航海時代の話は、こんなにスケールがでかい話だったのか。

 

砂糖の絞りかすのサトウキビに酵母を加えて発酵させたのが、ラム酒の始まりなんです。絞りたてのラム酒は、ホワイトラムと呼ばれていて、主にサトウキビ畑で働く人たちへの報酬でした。宗主国側の職人は酒造りの技術に長けていますから、熟成させたダークラムや、ゴールドラムを楽しんだようですね。モヒートっていう、ラム酒で作る有名なカクテルをご存じですか? 一般的には砂糖で作ったシロップを加えるんですが、サトウキビから作ったモヒート用のシロップが生産されている地域があるんですよ。

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このTrois Rivières Sirop (トロワ・リビエール・シロップ)は、マルティニーク産(ラム酒の一大産地カリブ海のマルティニーク島のさとうきびから作ったシロップ)。ラム酒を使った有名なカクテル「モヒート」を作る時に使うもので、砂糖と違ってラム酒の風味が引き立つのだそう。

篠原シェフ、ずいぶんお詳しいですが、それもそのはず。日本ラム酒協会のソムリエの資格をお持ちの上に、横浜でのラム酒の普及活動を10店舗様と共同で行われているのだそう。南極ドライカレーはもちろん、季節の食材を意識した温かい料理にも一杯添えてみてはいかがでしょうか。

 

お店情報

Bar de 南極料理人 Mirai

住所:神奈川横浜市中区吉田町2-7 VALS吉田町 B1
電話:045-326-6475
営業時間:17:00 〜24:00
定休日:不定休
ウェブサイト:http://www.travelbar-mirai.com/

 

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書いた人:
松沢直樹

1968年福岡県北九州市生まれ。SE、航空会社職員などを経て、1994年よりフリーランスの編集者・ライターとして活動。主に扱うジャンルは、食全般、医療、 農業、安全保障、社会保障など。マグロ解体ショーの実演、割烹の臨時板前などとして、メシを作ることも。近著に「うちの職場は隠れブラックかも(三五館)」。

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