東北最大のターミナルであるJR仙台駅より歩くこと15分。東北最大の繁華街・国分町からも歩くこと15分。そんな錦町の一角に「龍亭」はある。
中国文化にとって大切な幸運の色である赤をポイントカラーに使った店構え、看板に燦然と輝く「龍亭」の金文字。ううむ、高級感たっぷり。満漢全席とまではいかなくても、それなりの覚悟がなけりゃ入っちゃいけないのでは? などと自らの財布を覗き込みたくなる人も多かろうが、そんな心配はまったくの無問題。
「龍亭」は、本格的な味を汁そば一杯や点心ひとつから気軽にオーダーできる、“うちの街の中華屋さん”なのだ。
▲かつては仙台市電が通り、映画館やたくさんの商店が立ち並んでいた錦町に立つ「龍亭」
しかしこの「龍亭」、全国に知られる有名店であり、行列の絶えない店であることも確か。その理由は、「冷やし中華」にある。
「冷やし中華」という日本ならではのこの料理、その起源や歴史は同時多発的なものとしていくつかあるが、こと仙台においては「龍亭」の果たした役割がとてもとても大きいのだ。秋を迎えてなお「冷やし中華」が一番人気の「龍亭」に、その歴史と現在を訪ねた。
▲白いテーブルクロスがピシッと決まった、端正な店内。点心や炒飯、汁そばから絢爛たるコース料理まで、中国料理の粋が楽しめる
苦肉の策で麺と具を別々に提供
「龍亭」の冷やし中華は、美麗なるセパレートタイプ。オーダーすればまもなく具をのせた皿だけが先にサーブされるので、これをつまみにビールを飲むのも正しい楽しみかたのひとつだ。
現在のスタイルになったのは、「ご当地グルメ」「ご当地麺」がブームとなった昭和も終わりの1980年代後半のこと。
「最初は苦肉の策だった」。
そう笑って語るのは「龍亭」4代目オーナー・四倉暢浩(よつくら・のぶひろ)さん。
四倉暢浩さん(以下、四倉):B級グルメ、ご当地グルメのブームを受け、うちの店でも冷やし中華のオーダーが急激に増えました。
しかし冷やし中華は、実は手数と時間のかかる料理。麺はゆで上げたのち氷水で〆なくちゃならないし、麺を盛り付けて、具をきれいにのせて、となると、熱々の汁そばや炒飯の倍以上、時間がかかってしまう。でも、お客さんの空腹は待ってくれないし、あんまり待たせてしまったらこっちが切ない。
だから、いっそのこと具と麺を別皿にして、具だけ先に楽しんでもらっちゃおう、と。今ではお客さんも“このスタイルだからいい” と言ってくださいます。
そう。そうなのだ。焼肉しかり、ラーメンの“味変”しかり、おいしいものが好きな人は、自分が何かしらのかたちで料理に参加するのが好きだ。より自分好みの味にカスタマイズしたり、より楽しく味わう順番や火加減を吟味したり。そんな人の心を、「龍亭」の冷やし中華は大いにくすぐってくる。
さて、暢浩さんの祖父であり、「龍亭」の創業者、そして「冷やし中華」の生みの親であるグレート・ファーザー、四倉義雄さんの時代を遡ってみよう。
目指したのは昭和という時代を反映した夏のスタミナ源
「龍亭」の創業は昭和6年。四倉義雄さんの本家は石巻にあったが、明治29年に起きた明治三陸地震による津波被害の記憶から、地盤の固い仙台市内に移り住んでいたという。
四倉:祖父の四倉義雄は最初、和菓子職人をしていましたが、時代の求めに応じて食料品店を開き、そのうち中華そば店になったそうです。その頃は“支那そば”と呼ばれていましたね。冷やし中華が生まれたきっかけも、その支那そばを提供する店で作った組合での話からでした。
昭和12年。盧溝橋事件が勃発し、日中戦争の火蓋が切られんとしていた頃ではあるが、仙台はまだまだのんびりムード。仙山線の仙台-山形間の完全開通を受け近隣都市からの来仙客や出稼ぎ人口が増えるとともに、外食産業も大いに活性化した。しかし、冷房のない時代、暑い夏に熱くて脂っこい支那そばは敬遠され、店はどこも閑古鳥。この現状を打破すべく、組合はアイデアマンだった義雄さんに頼ったのだ。
▲「龍亭」のフロアに飾られた初代・四倉義雄さんの写真。昭和30年代、当時の厨房に立つ義雄さんを捉えた貴重なショット
四倉:冷やし中華の当時の名は、“涼拌麺(りゃんばんめん)”。拌は、“和える”という意味ですから、その名の通り、冷たい和え麺だったんです。以前、当時の祖父のレシピそのままでこの涼拌麺を再現したことがあったのですが、その味はとても酸っぱくてしょっぱかった。
今思えばそれは、現在のスタイルと同じくらいタレをたっぷりにしてしまったからなんですね。少量のタレで麺と具を和えて食べる、それこそが本当の原型だったんです。
義雄さんが創作した涼拌麺は、「夏のスタミナ源」がテーマ。すっきりさっぱり味わえるとともに、夏を元気に乗り越えられるように、ゆがいたキャベツや人参、塩もみしたキュウリなどの野菜をたっぷり盛り込んだ。その姿は、さながら冷やした五目そばのようだ。
▲義雄さんが生み出した涼拌麺は、仙台のたくさんの中国料理店で味わえる夏の風物詩に。発売開始を祝うパレードまで催された
その後、冷やし中華は戦中の物資不足により一度、メニューから姿を消す。戦後、冷やし中華が復活したころには仙台も復興めざましく、「龍亭」の眼の前を市電が走り、錦映画館もオープン。錦映画館で映画を見た帰りに「龍亭」で食事をする、というのが、昭和元禄の大いなる楽しみとなった。
涼拌麺がオリジンの五目そばスタイルから現在の細切りの具へと変わったのは、この頃だったという。
四倉:折しも東京オリンピックの時代。東京では料理人がたくさん雇用され、和・洋・中さまざまなジャンルの料理人が交流の機会を得ました。いろんな専門料理が混ざり合い、日本流にアレンジされる過渡期だったんだと思います。そんな中で「龍亭」で働くようになった中国出身の料理人さんの中に、この千切りを提案してくれた方がいたようです。
中国料理は、とても合理的な料理。中華鍋ひとつ、中華包丁一本ですべての調理を行うように、味づくりにも合理性が活きています。細長い麺とともに味わうのだから、具も細長く切った方が調和するし、食べやすいし、何よりおいしい。合理性がおいしさに直結しているところが、中国料理のおもしろいところです。
▲日本で生まれたアレンジ料理ながら、冷やし中華には中国料理の真髄が活きている
▲具はすべて長さや幅を揃えて細切りに。7種の具ひとつひとつに一品料理と同じだけの手間が掛かっている
おいしさへの探究心が愛され続ける冷やし中華の源
時代の中で、「龍亭」の冷やし中華は少しずつブラッシュアップしていった。
四倉:私が調理場を受け継いだ時に、それまでのレシピをいちど根底から見直しました。それまでのタレは、食べ始めはおいしいけれど、麺がタレに浸っているうちにだんだん味が濃くなって重たくなっていった。
そこで、オレンジとレモンの果汁を使うことで、甘い香りと優しい酸味の、食べ飽きないタレに改良したんです。
「変わらないね」と言われるおいしさのために、常によりよい変化を重ねる努力が、老舗にはあるのだ。
▲瑞々しいオレンジが食べ飽きない味わいのキモ
ひと皿で何度もおいしい! 美味は乱調にこそあり
今年の仙台七夕、そしてお盆も、営業時間中ずっと行列が絶えなかった龍亭。みんなのお目当てである「冷やし中華」は、多い日にはオーダーの9割を占めるというからモンスター級のキラーコンテンツだ。
ガラスの角皿には、6色の具が七夕飾りの吹き流しのように整然と並ぶ。キュウリは皮を剥いて青臭さを除き、チャーシューは窯で焼いた本式の叉焼。丸鶏のまま蒸してスープに漬け込んだ蒸し鶏は、しっとりやわらかくひったひたにジューシー。
このままひとつの前菜としてメニューに載っていてもおかしくない、それぞれにしっかりと手のかかった逸品ぞろいだ。
▲まず運ばれてくるのは具のお皿。常連さんの中には、「ビールちょうだい。麺はもっと後で」と具を前菜として楽しむ通なお人も
ビ、ビール飲みたい……と喉から出かかったその時、早くも麺が登場。
おお。見た目からしてツヤッツヤ。まずはこのままひと口すすれば、つるん、となめらかな麺がぷりぷりと心地よく唇をなぶっていく。細いちぢれ麺、最高。
▲細いちぢれ麺はつやつやのぷりぷり。時間をかけて楽しんでものびにくい
「龍亭」の冷やし中華は「醤油ダレ」と「ゴマダレ」が選べるが、この日は「醤油ダレ」をチョイス。爽やかな酸味と甘みが、冷やし中華かくあるべし、といったおいしさだ。
さて、ここまでは具をつまみつつ麺をすする、セパレートな味わいかたをしてきた。ここからは、「涼拌麺」の醍醐味を満喫すべく、麺の上に具をドーン! さらには混ぜて混ぜてバーン!
細切りの具と細麺がしっかりと混ざり合い絡み合い、錦糸玉子のほんのりとした甘さやクラゲのコリコリ感、叉焼の香ばしさ、ハムのコク、キュウリの清爽が混然となり新たなおいしさに。拌(ばん)の威力、おそるべし。
そして、ちょこんと乗っかっていたエビを食べてさらに驚いた。ゆでただけ、彩り程度に添えられることの多いエビだけれど、これは格が違う。衣と味を着せてしっかり調理した、もはや一品料理だ。
▲この夏、新発売した冷やし中華のギフトセット。長年の要望に応えるかたちで、ようやく納得のいくものができたという。6食分の麺に醤油ダレ、胡麻ダレのボトルが両方ついた「6食セット」(3,240円)が一番人気
夏だけなんてもったいない、一年中食べたい! いや食べる! と訪れる人が後を絶たないのも、大いに頷ける味である。
店舗情報
龍亭
住所:宮城県仙台市青葉区錦町1-2-10
電話:022-221-6377
営業時間:11:30~14:30(LO)、17:30~20:30(LO)
定休日:水曜
書いた人:ナルトプロダクツ
山形県生まれ。芋煮は醤油で牛、ちぎりコンニャクとネギ。あとは塩むすびがあればOKの芋煮原理主義者。酒は呑んだり呑まれたり。東北を中心に、飲食店や食文化、音楽・美術、不動産関連などの取材・執筆をしています。