仙台の街には、魅力的な横丁がいくつもひそんでいる。中でも、一番町2丁目にある壱弐参(いろは)横丁はとびっきり。
「サンモール一番町」のアーケード街に面して口を開けた2本の通りには、居酒屋に八百屋、ビストロに鮮魚店、喫茶店に骨董店にセレクトショップに弁当屋と実にさまざまな店が約100件も軒を連ねており、ぶらりと眺め歩くだけでも小一時間は楽しめる。賑やかな声やうまそうな匂いに誘われ暖簾をくぐれば、そこにあるのは仙台の“普段着のごちそう”。気取らず気負わず楽しめて、心の中の「いつもの店リスト」に入ってる。
そんな壱弐参横丁で、昼の代表格が「笹屋」だ。
祖母が昭和23年に創業した何でもありの食堂
2本の通りの北側、入ってすぐ右側に「笹屋」はある。看板には「生そば」と「中華そば」の文字が並び、窓にはおすすめメニューがいくつも貼ってある。昔ながらの食堂らしいオーソドックスでシンプルなメニューと、遊び心や探究心がぴっかり光る創作メニューと。
学生時代から週3で通って20年目、いやこっちは30年目、なんて常連さんがひとりやふたりじゃないのは、メニューの幅の広さもあるだろう。
「でもね、週2週3で来るお客さんの中には、必ず決まったものを食べる方も多いんです。そういう方に“いつもと変わらずおいしい”と思ってもらえるように作るのが、私の毎日の目標かもしれませんね」
そう話すのは、「笹屋」の二代目である中村俊男さん。現在は妻と娘の家族3人で店を営む。「笹屋」の創業は今から72年前、戦後間もなくの昭和23年に遡る。
焼け野原からの復興。
その土台には、たくましき庶民とその食欲を満たす店があった。
昭和20年の仙台大空襲で、仙台の中心部は一面焼け野原となった。しかし、いち早く復旧した仙台市電の停留所付近には多くの露店が立ち並び、その復興の機運が壱弐参横丁の前身となる仙台中央公設市場を生み出した。
市場が開設されたのが昭和21年の8月10日。その1年半後に起きた2度の火事から再建を果たした昭和23年、中村さんの祖母である佐々木フジさんはここに食堂を開店する。
中村:当時は、定食もあればそばもあり、かき氷もある、何でもありの食堂だったと聞いています。まだまだ食糧難の時代でしたから、乏しい材料で作れるものは何でも作ったし、何でも売れたと思います。そこで調理人として働いていたのが、私の父でした。開店したのは祖母ですが、店自体にはほとんど関わっていなかったそうです。なので実質的に父が初代で、私が二代目になります。
俊男さんの父・中村克己さんがフジさんの娘さんであるキヨエさんと結婚。若夫婦の将来のためにフジさんは店を譲った。研究熱心だった克己さんは品書きをそば中心に変え、どっしりとした旨みのあるかえしを編み出した。
中村:何が変わっても、このかえしだけは変わらない。今もずっと、ずっと父の編み出した割合を忠実に引き継いでいます。
そうしみじみと振り返る中村さんは、幼い頃から父と母の働く姿を見て育ったという。そして高校を卒業後、彼は調理師学校へと進む。
中村:最初は、床屋かすし屋になりたかったんです。親の仕事を漫然と継ぐことにどこか抵抗があったのと、“手に職があるのはかっこいい”という憧れと。でも、自分が実際に調理というものと向き合うようになって、“父の跡を継ぎたい”という気持ちが強くなって。しばらくは父と一緒に厨房に立ち、父は70歳を過ぎた平成元年に勇退、代替わりしました。
父から受け継いだ基本を大切に守りつつ、中村さんは時代が求めるものへの研究も怠らなかった。そばだけでなく、丼やラーメンにも持ち前の好奇心と探究心を駆使し、昔ながらの味にはブラッシュアップを重ね、同時に誰もが驚くような新メニューの開発にも取り組んだ。
だから「笹屋」のお品書きには、「どこにでもあるスタンダードメニュー」と「どこにもない唯我独尊メニュー」とが仲良く並んでいるのだ。
半チャンラーメンは愛ある永遠のスタンダード
町中華の定番ともいうべき半チャンラーメン。1960年代の半ば、神田・神保町の「さぶちゃん」に端を発するというこのメニューは、神田に立ち並ぶ古書店や出版関係の会社に集う学生やサラリーマンたちの懐にやさしく、胃袋と心を満たす頼もしい存在だった。
「笹屋」のある一番町2丁目も、大学のキャンパスから徒歩圏内であり、かつては書店や古書店がひしめいていたエリア。今なお大学教授や出身学生たちも多く訪れる「笹屋」で、「半チャンセット」が1、2を争う人気メニューだということに、不思議な共通点を感じる。
ラーメンは、鶏ガラと豚骨でとった清湯に醤油ダレ、中細のちぢれ麺を合わせたザッツ・中華そば。生姜の香りと鶏油の風味が画竜点睛の趣だ。
肉汁を中に残しジューシーに仕上げた肩ロースのチャーシューと細切りメンマ、ネギ。石巻・十三浜のワカメは、シャキシャキぷりぷり。
今どき流行りのラーメンのようにひと口でガツンとくるインパクトはないが、食べ進むほどにじわりじわりとうまさが身体に満ちてくるような味だ。
相棒であるチャーハンは、「半」ながら注文ごとに一から作る愛情に満ち満ちた品。
中村:注文の多い品だから、いっぺんにたくさん作り置くことも考えたけど、やっぱりそれじゃおいしくない。炒めたてのパラリふわりとした食感と、新鮮な油のコクが大切だから。
具にはチャーシューにネギ、卵とナルトとこれまたスタンダード。スタンダードにスタンダードを掛け合わせた、究極の二重奏だ。麺とスープとチャーハン、時々お新香。この変拍子を、胃が「もっとよこせ」と言っている。
そのグルーヴに任せて頬張れば、侮れぬボリュームも一気に腹へと収まってしまうだろう。
しかし。ああ困った。この「半チャンセット」を「究極の二重奏」といま言ったばかりなのに、「笹屋」にはもうひとつの人気セットがあるのだ。独自に配合したスパイスに干し柿をチャツネ的隠し味に使った、専門店の味にもひけをとらないカレー。
これがまたうまい。現在、「笹屋」を訪れるお客さんの7割が「半チャンセット」か「カレーセット」、そしてオリジナリティ豊かなタンメン系をオーダーするという。
仙台の海幸山幸をラーメンに織り交ぜた独創の味
仙台、そして宮城は三陸魚介のうまい地域として有名だが、米や野菜も相当にレベルが高い。
以前からあたりまえに地元産の米や野菜を愛し信頼して食べてきたが、地産地消、そしてスローフードという概念が根付いてゆくにつれ、地域の農家たちがより自覚的に、積極的に、国内ではまだ栽培する人の少なかった伝統野菜やイタリア野菜、ハーブなどの栽培にもチャレンジするようになった。
その時勢を日々の仕入れの中で感じていた中村さんが、以前から人気のタンメンにこれらの地元野菜を活かそう、とひらめいたのも、「新鮮でおいしい野菜をもっと楽しんでほしい」という気持ちと、「地元の農家を応援したい」という気持ちからだ。
「仙台白菜タンメン」には、仙台伝統野菜の仙台白菜をメインに紅芯大根、緑のビタミン大根、カブ、ゴボウ、カボチャに紫キャベツなど実に15種類ほどの野菜がたっぷり。それぞれの色彩が目に楽しく、歯ざわりや風味の違いが食べて楽しい。さっぱり塩味のスープに野菜の甘みが溶け込んだ、穏やかなうまさだ。
仙台の里山の魅力を伝えるのが「仙台白菜タンメン」なら、海の魅力を伝えるのが「牡蠣ラーメン」だ。
松島や石巻、雄勝などで旬を迎えた冬の牡蠣を真空調理し、一杯ごとの調理でふっくらみずみすしく温めるとともにスープに牡蠣の味わいを移していく。
ピリッとほんのり辛口の味噌味スープに牡蠣の風味が広がり、牡蠣を噛めばぷりっとした食感とともに潮の旨みが開く。
そしてもう一品、話題となっているのが同じく三陸産のホヤ(海鞘)を使ったメニューの数々。
人気に火が付いたのは夏限定の「海鞘冷やし」だが、冬には熱々の「海鞘ラーメン」と「海鞘あんかけご飯」が楽しめる。ホヤといえば夏が旬、厚い身がたっぷり詰まった最高の時期に水揚げし、最新式の冷凍技術で保存しておいたものを使うから、「笹屋」では冬場も十分にうまいホヤメニューが味わえるというわけだ。
仙台の街、その近代化とともに歩んだ70年の老舗。いずれは中村さんの娘が店を継ぐ予定だという。親子三代で受け継がれる「笹屋」は、ド定番スタンダードの良さとどこにもないオリジナリティとの両輪で走り続ける、パワフルな横丁食堂だった。
店舗情報
麺味処 笹屋
住所:宮城県仙台市青葉区一番町2-3-28(壱弐参横丁内)
電話:022-267-3039
営業時間:平日11:00~18:00 日曜日・祝日11:00~16:00
定休日:土曜日
書いた人:ナルトプロダクツ
山形県生まれ。芋煮は醤油で牛、ちぎりコンニャクとネギ。あとは塩むすびがあればOKの芋煮原理主義者。酒は呑んだり呑まれたり。東北を中心に、飲食店や食文化、音楽・美術、不動産関連などの取材・執筆をしています。