斬新なコロッケを生みだすシェフがいた!
メシ通レポーターの放送作家、吉村智樹です。
チーズが余熱で溶けますから、揚げたてじゃなく、しばらく経ってから食べてみてください。お客さんにはいつも「会話がひと花咲いてから食べてください」と言ってるんです。
オーナーシェフの藤本さんは、そうアドバイスをくれました。
おっしゃる通りに待つこと数分。コロッケを割ってみると……。
どろぉぉぉん。
熱を帯びてあかね色に輝きながらどろりと溶けたチーズが、コロッケの中核からマグマのようにあふれ出てきました。メルティチーズとコロッケの神々しいまでの供宴は、天地創造と呼んで大げさではない迫力があります。これはもう、食べる神話。
小判型に圧され、いまではすっかり少数派になってしまった「俵型」のコロッケ。この昔ながらの俵型スタイルを貫きつつ「斬新なコロッケを続々と生みだしているシェフがいる」と聞き、会いに行ってきました。
コロッケをつまみに酒が飲めるお店
場所は大阪の高石市。南海本線「羽衣」駅の東口を出て、目の前すぐの場所にあります。話題のコロッケ店が「は“ごろも”」駅前にあるなんて、すでにここがコロッケの聖地となる予感をはらんでいますね。
ウワサのお店は、ここ。今年8月で3周年を迎えた「croquette(クロケット)」。
クロケットはフランス語。コロッケのルーツと言われるこしじゃがいもを丸めて揚げた料理のこと。
扉を開けると、まず目を引くのが、生コロッケが並んだガラスケース。
テイクアウトやイートインで供する俵コロッケのビフォー状態が整然と積み上げられ、出番を待っています。そう、こちら「croquette」は、注文を聞いてから揚げるシステム。作り置きや冷凍保存は一切せず、いつもアツアツ揚げたてのアフターを、はほはほ言いながらかじることができます。
店内はカウンターテーブルがあり、揚がったばかりのコロッケをドリンクとともにつまんだり、パスタや雑穀米などがメインのランチ(コロッケ、サラダ、スープつき 1,000円)がここでいただけます。
▲コロッケがついた日替わりランチ
夜のバールタイムはワインやビールなどの洋酒、さらには焼酎まで、さまざまなお酒を「アテ」(酒肴)とともに楽しめる空間に変身。ワインは10~15種類が並び、季節によって変化する品ぞろえもお楽しみ。
もちろん終日、テイクアウト可能(1個からOK)。夜11時がラストオーダーなので、会社帰りに手づくりコロッケをフライしてもらい、自宅で遅い晩ごはんや晩酌とともに味わうこともできるんです。そんなお店が駅前にあるだなんて、最高でしょ!?
熱狂的ファンがいるコロッケの神7
この方がオーナーシェフの藤本幸浩さん(36歳)。
初対面でも「この人がつくるコロッケ、絶対うまいやろなあ」と確信をいだかせる、ほっこほこの笑顔で迎えてくれました。
藤本さんが揚げるレギュラーコロッケは「プレーン」(130円)、「トマトとバジル」(160円)、「きのこ」(170円)、「チーズ」「めんたいことバター」「キーマカレー」(各180円)、「ベーコンとたまご」(190円)の7種類。
オープンした日から変わらず、ずっとある7種類です。定番メニューを増やすのは、これ以上は無理。限界ですね。コロッケの種類を増やそうとした時期もあったんです。でもある日、おばあちゃんが「きのこ、ある?」って買いに来てくれて、そやのにちょうど切らしてしもうてた。そしたら「ほな、また来るわ」って帰ってしまいはった。僕、そんとき気がついたんです。「コロッケひとつひとつの種類にそれぞれファンがついてるんや!」って。きのこが好きな人は、ほかのコロッケじゃだめなんですね。勉強になりました。だからできるだけ品切れにならないようにがんばっています。(藤本幸浩さん)
このお店にずっと君臨する不動の神7なコロッケ。確かに、好きなバンドやアイドルユニットのライブへ行って、もしお目当てのメンバーが欠席だったら、膝から崩れ落ちますもんね。ショックで手からペンライトを落としてしまいます。品切れの時はほかのコロッケを買ってほしいところでしょうが、それぞれに熱狂的なファンがついて推しているのもシェフとしてはうれしいでしょう。
ではさっそく、いくつかの定番を揚げていただきましょう。7種のベストメンバーから選んだのは「チーズ」「トマトとバジル」「キーマカレー」。それぞれが木製の小さなまな板に乗せられて運ばれてきます。
「チーズ」はレッドチェダーを使用。
包丁を挿すと……。
さくっ。
あつあつチーズ、とろっ。
どろろろぉおん。
余熱でとろけたチーズがせきを切って、どろぉり、どくどくと流れ出てきます。その流出の様子は、理性を失うまでに食欲をかきたてます。これはもう事件です。チーズの流出事件です! このスペクタクルなプレゼンテーションは小判型では無理。俵型でないと表現できないですね。
続いて「トマト」。トマトはお隣の和泉市の山間部にある農林産物直売所「葉菜の森(はなのもり)」で手に入れた抜群にフレッシュなものを使用。
藤本さんの絶妙の揚げ加減で、熱を入れたトマトの赤がいっそうひきたち、力強いうまみがアツアツのジュースとなってほとばしります。
三番目は「キーマカレー」。カレーコロッケもライスコロッケも珍しくはないですが、「カレーライスのコロッケ」って初めて出会いました。
しかも雑穀。これは珍しい。
よくあるケチャップのライスコロッケって、ほんまにおいしいですか? 僕には、おいしいと思えないんです。それに僕の家の近所にカレーコロッケがめちゃめちゃおいしいお店があって、カレーを使ったメニューで対抗したかった。だから“カレーライスのコロッケ”をつくったんです。雑穀にしたのもいろいろ試した末で、かんだときに染み出る味が普通のお米よりおいしかったんです。
「ライスコロッケはケチャップ味」という固定概念を覆した藤本さんの、三種の絶品なコロッケをいただき、いきなりコロッケという名の熱いクリエイター魂を胃に叩きこまれた気がしました。ほっこりするけれど、それだけじゃない、奮い立たせられる味。
シェフの前職は、なんと現場監督
それにしても、コロッケのお味もさることながら、店内のデザインがいい。おしゃれなんだけど雰囲気があり、男性に寄りすぎず、女性に寄りすぎず、シブすぎずファンシーすぎず、若者にもお年寄りにも合う、ちょうどいい居心地。
▲コロッケをつまみに、ちょい飲みできるカウンター
コロッケという老若男女誰もが好きな国民食をそのまま表現しているように感じます。
お店を造るときは、内装やインテリアだけではなく、壁土までこだわりました。この壁の土、実は呼吸してるんです。なので壁が店内の臭気を吸い取ってくれるんです。店のなかに油くささが、まったくないでしょう? 油のにおいが服についたりしないんです。
言われてみれば、コロッケのいい「香り」はするけれど、油のいやな「におい」はまるで嗅ぎ取れません。そんな生き物のような壁土があることを、よくご存知でしたね。
もともと建物に関する知識があったんです。僕、コロッケ店を始める前は工事現場の監督をしていたんです。
え! もともとは料理人ではなく、建築の世界にいらっしゃったのですか!
月替わりで登場する珍コロッケの数々
なるほど確かに、藤本さんが揚げる俵型のドームには、料理の世界とは別種の構築美を感じるのです。それが顕著に現れたのが「(ほぼ)月替わり新作コロッケ」(160円~。新作ごとに値段が異なります)。藤本さんが生みだすコロッケが食いしん坊たちのあいだで噂になった大きな理由は、オリジナリティがみなぎりまくるマンスリースペシャルメニューにあります。
たとえば、洋食と和食の奇跡の融合でコロッケ好きたちをも震撼させたコロッケの固定概念をくつがえす「木の芽味噌のコロッケ田楽」!
▲コロッケに木の芽味噌をかけて田楽にしてしまった。究極の”和ロッケ”「木の芽味噌のコロッケ田楽」
▲「桜エビと枝豆」
▲「餃子風コロッケ」
▲「たくあんとちりめんじゃこと粒マスタード」
▲「紅ずわい蟹のほぐし身と帆立貝のクリームコロッケ」
▲「プチトマトとピクルス」
▲「ピリ辛タコと三つ葉の胡麻風味」
さらには、
▲「カスタードとドライフルーツ」という甘いデザートコロッケまで!
コロッケを田楽にするなど、味でも視覚的にも、どレアなコロッケのアイデアを続々と生みだし商品として構築してゆく藤本さん。とても創造的で、しかも具材のバランスが絶妙なんです。
コロッケの田楽は、お寿司屋さんへ行った時に思いつきました。なすびの田楽を食べて「これをコロッケでやってみたらどうなるんやろ」って考え始めると、もう止まらなくなって。100個近い試行錯誤を重ねた結果、好評でした。けれど、もうやりません。やりきった感がある。僕、へそまがりなんですよ。お客さんから「またやって」「あれまた食べたい」って言われると、反対にやりたくなくなる。いったんアイデアを思いついたら、たとえ面倒くさくても採算度外視でチャレンジしてみたくなるし、一週間も試作に没頭して、それでもあかんから没にすることもあります。そして、たとえ完成しても飽きたらすぐやめたくなる。また次のものをやりたくなる。だいたい毎月、これの繰り返しです。
ひとたびアイデアがひらめくと、採算や手間を超えてでもやりたくなる。抑えられない。そして自分のなかでピークを過ぎると、リクエストがあっても、もうやらない。だから毎月どんな新作が飛び出すかわからない。藤本さんがコロッケに対峙する姿勢は、職人であり、かつ作家なのです。
▲キッチンはコロッケ作家・藤本さんの実験スペースでもある。
人生の転機は「上司の突然死」!
では、そもそも料理人ではなかった藤本さんが、なぜ飲食店を開いたのでしょう?
高校生の時、和泉市のお寿司屋さんで3年間アルバイトをしてたんです。それが飲食業に触れた最初ですね。僕はそこのオーナーが大好きでした。オーナーのまわりにはいつも人がいっぱい集まってきて、すごい世界やなって。その人に憧れて「将来は飲食店をしたいな」と思ったんです。
え! スタートはお寿司屋さんだったんですか! それもまた意外です。
飲食店はやりたいですが、なんせまだ十代なので、なにをしたらやれるのかがわからない。それで高校を出て建設業に就きました。10年以上やっているうちに現場監督にもなりました。ですが、現場監督って、息つく間もないほど忙しいんですよ。休日でも、結婚式やお葬式に出ている日でさえ、1日に30~40本近く電話がかかってくる。そして僕より責任が重い上司が仕事中に突然死しまして……。その上司のことを尊敬していただけに、自分の人生を振り返らざるをえなかった。「僕のしたいことは、これだったのか?」って。そのとき高校時代の「飲食店がやりたい」という夢が蘇ってきたんです。そうだ、自分はおいしい食べ物を提供するお店がしたかったはずだと。そして「いまならやれるかもしれない」と思ったんです。
上司の突然死という強烈な人生の転機を迎え、現場監督から飲食業へ転職した藤本さん。ではお店のテーマに「コロッケ」を選ばれたのはどうして? 得意料理だったのですか?
いえ、実はコロッケを揚げた経験は、なかったんです。
えー! そんな!
はじめは居酒屋さんをやろうと思ったんですが、なにか特徴がないとお客さんも来ない。それで嫁さんに相談したら「コロッケは?」って。ちょうどテレビでおいしそうなコロッケ屋さんが紹介されていたからっていう、ただそれだけの理由。そんで「コロッケか。ええな」と。うちの母がつくる俵型コロッケがおいしくて、これを自分でやってみようと。うちのお店が俵型にしているのも、そのためなんです。ただ正直、コロッケをナメてましたね。やる前は簡単な料理やと思ってたんです。こんなに難しいものだったとは……。試作しても試作しても、ふにゃふにゃのむちゃくちゃで、いっこうにおいしくならなかった。
コロッケはとてもシンプルな料理で、それだけに奥が深いんでしょうね。どのように克服されたのですか?
もう、揚げまくって、失敗しまくって。タネを寝かせる時間とか、何度も試してみないと本当にわかりませんでしたね。そして申し訳ないんですが、嫁さんと子供には毎日試作品のコロッケを食べてもらっていました。家族にしてみれば地獄でしょう。それやのにしまいに僕が疑心暗鬼に陥って、試作品を「おいしい」と言ってもらっても、信じられなくなりました。「家族の言うおいしいは信用できん!」って(苦笑)。
うぅ。コロッケを揚げたことがないご主人の試作品を毎日食べさせられたご家族の日々を思うと、コロッケに涙のソースがしたたり落ちます。
コロッケづくりの秘策を初公開!
では藤本さん、最後に、テストを重ねて遂にこぎつけた基本となる味「プレーン」を揚げてください。
まずは、コロッケのかなめである、じゃがいもを蒸すところから。
一度に使うじゃがいもは3キロ。コロッケおよそ80個分です。
鍋に入っているのは男爵とメークイン。なぜこの2種類なのでしょう?
「一種類だと、べちゃべちゃになるんですよ。それで母親に相談したら「肉じゃがにはメークインを使うやろ。おでんは男爵や。な?」って。
「な?」って! なんですかその禅問答のようなやりとりは。しかしさすが親子。お母さんが言わんとしている意味をツーカーでキャッチした藤本さんは、この2種類のじゃがいもの特性を見極め、黄金の対比をあみだしました。
蒸したばかりで高熱なじゃがいもを一個ずつ手で皮をむきます。やけど必至ですが、どんなに熱くても蒸したてでないと、きれいに皮がむけないのです。
湯気がもうもうとたちのぼる、蒸しあがったじゃがいもを、
専用器具「マッシャー」でザクザクつぶしてゆきます。食感が残るよう、つぶしきらないのがコツ。
続いては「ベシャメルソース」づくり。
味付けに、固形ブイヨンをすり鉢でひきます。
そして大阪の高級ミルクブランド黒川乳業のバターをこんなにたくさん。
ほかに使うものは小麦粉と牛乳。
つぶしたじゃがいもとベシャメルソースを和えます。
あれ? なにか灰褐色で粘りのあるものが見えますが?
これはアンチョビのペーストです。アンチョビを入れるのが秘訣で、コクが出るんです。アンチョビのうま味をいかすため、塩を使わないのもコツです。あと、ここでコショウを入れる方が多いじゃないですか。僕はコロッケのタネにはコショウは入れない方がいいと思うんですよね。コロッケは、味がややこしくなったらあかんのです。
なるほど! メモメモ。塩もコショウも振らないなんて、かなり予想外でした。「コロッケは、味がややこしくなったらあかん」。床の間に飾りたい名言です。
ぐねぐねぐねぐね。
アンチョビペーストを加え、しっかり混ぜることでタネに粘りが増し始めます。
続いて、牛ひき肉と玉ねぎを炒めます。
このまま、ごはんに乗せたいほど、うまそう!
身体重心がぐらつく、いい香りです。
炒めたひき肉と玉ねぎを、タネにどどどと落下させます。
さらに力強く、豪快に2度目の撹拌(かくはん)! すべて手仕事。
工事現場でならした体力がものを言います。それにしてもコロッケって、手間とパワーがいるんですね。
安くて気取らないのがコロッケの魅力
そしていよいよ、パン粉をまぶした生コロッケが、いままさに油へダイブしようとしています。
パン粉は2種類。砕きかたが粗いものと細かいものを混ぜて使っています。パン粉の食感の違いは、けっこうデカいんですよ。粒のサイズが違うパン粉を2種類使って揚げるのと一種類だけで揚げるのとでは、2種類の方が断然うまいです。
パン粉は粒の大きさを変えて2種使う!
それは家庭でもすぐにいかせるアイデアですね。そして油はなにを?
うちはサラダ油です。ラードじゃないのかですか? 僕はラードも疑問なんですよ。香りがよくないし、油の切れも悪いし。『コロッケはラードで揚げたほうがおいしい』っていう常識に縛られていると思うんですよね。
ライスコロッケのケチャップといい、ラードといい、藤本さんはコロッケの「然るべし」をどんどんかなぐり捨ててゆきます。洋食の経験がなかったからこそ、旧来のルールに縛られないのかもしれません。
3分ほど高温のサラダ油につけ……。
じゅわわわわ。
揚がってきました!
上がってきました!
そして気分もアガッてきました!
まるでスターがステージにせりあがってくるよう。
できました! 「プレーンコロッケ」の完成です。
なんと見事なアーキテクチャー。早く食べたい。いっそ、なかに住みたい!
かけるのは京都祇園生まれの『オジカソース』のウスターソースがおすすめです。魚醤が入っていて、コロッケに絶妙に合うんですよ。
▲京都祇園生まれの地ソース「オジカソース」。魚醤、醤油、赤ワインなどをカクテルした深い味わい
隠し味のアンチョビや魚介のエキスが入ったオジカソースなど、コロッケって意外と魚の抽出液が合うんですね。藤本さんと出会って、コロッケの常識がいくつも粉砕され、心地よい驚きの連続です。
ゴロっとしたじゃがいも、ねとっとしたベシャメルソース。ふたつの異なる食感が、衣でひとつにまとめられています。
赤ワインを注ぎ、なんという優雅な昼下がり。
いや、それにしてもですよ。プレーンコロッケ2個に、赤のグラスワイン(500円)を添えて、これでトータル760円って、や、や、安すぎるのでは。
コロッケって、安くて気取らないところがいいと思うんです。気軽に、ひとりで扉を開けて、コロッケ食べて、ちょっと飲んで、「おいしかったで」って、ふいっと帰っていく。あっさりした関係かもしれないけれど、それでいい。そういうお店になるのが僕の理想ですね。
さまざまな世代の、さまざまな境遇の人々がふいっと訪れては交差してゆく、駅前にある一軒のコロッケ店。適度な距離間で接してくれるシェフがいて、ほっとひと息つけて、一瞬、こころのコロモをはがせるお店なのだと感じました。
お店情報
croquette(クロケット)
住所:大阪府高石市東羽衣3-2-17
電話番号:072-247-8828
営業時間:テイクアウト11:00頃~24:00頃(LO 23:00)
ランチタイム 11:30〜14:00
コロッケ&ドリンク イートイン 14:00~18:00
バールタイム 18:00~閉店まで(LO 23:00)
定休日:日曜日
Facebook:https://www.facebook.com/CroquettejiaMing/
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