1980年代の激辛ブームを牽引した「○倍カレー」の元祖・ボルツはまだ存在していた

「○倍カレー」の元祖として知られ、昭和期にその名を知らしめたカレーチェーンの「ボルツ」。日本人が忘れたあの味を求めて、都内で最後に残ったボルツ神田店を訪れました。

エリア神保町

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選べる辛さ「1~30倍カレー」で昭和期における日本のカレーに大いなるインパクトを与えたのがカレーチェーン店のボルツだ。

 

1974年に創業して以来、それまでの日本的カレーとは一線を画すような「インドの香りがする新しいカレー」をいち早く発信した。

辛さを倍々ゲーム方式で増やしていけるシステムは当時の若者に大ウケし、「○倍カレー」の波は日本を席巻。80年代の第一次激辛ブームの立役者となった。

 

私も幼少時、ボルツのカレーの辛さにビックリし、「世の中にこんな辛い食べものがあるのか!」というショッキングな体験とともに、家カレーとはひと味違う香ばしさを楽しんだことを思い出す。

 

都内最後のとりで・ボルツ神田店へ

しかしその後、親会社日本レストランシステムの方針転換によって店舗が激減。残っている店舗はたった3軒(残り2店舗は、宇都宮店/栃木県、京成大久保店/千葉県)となってしまった。

 

今回はそのうちの一軒、ボルツ創業の地・東京で最後に残った神田店へ足を運んだ。

 

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▲昭和期の「ボルツ」を知る人なら、おなじみの看板

 

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▲遠い昔に感じた雰囲気を、どことなく呼び起こすような店内

 

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さっそく、往年のキャッチフレーズ「辛さの元祖はボルツです」と書かれたメニューの中から、「チキンと玉子の辛さ5倍(900円)」を注文した。

 

「ザ・日本的カレー」とは違った一皿

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1975年の原宿ボルツのレシピでは

インドカレーは18種のスパイスと6種の野菜を入れたもので直接的にカレーの辛さが味わえる。

(引用元:月刊食堂 1975年9月号/柴田書店)

となっているが、この作り方は基本的に変えていない。カレー粉も小麦粉も入れず、ゆっくりと煮込んでサラッとしたカレーに仕上げている。

 

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幼年期以来、その姿を見ていなかったボルツのカレー。レードルでカレールーをすくう
ことすらうれしい。

 

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チキンの肉がおどろくほどゴロッゴロ入っている上に、ゆで卵1個分まで輪切りになって入っている。

 

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幼い頃に見たボルツのカレーに再会。いわゆる「ザ・日本的カレー」とは違った感覚を覚えた、当時を思い出す。

 

これを食べながら、店主・倉田茂樹さんの話を聞いていこう。

(残念ながら、倉田さんの顔出しはNGに……)

 

全盛期に50店舗を数えたボルツ

倉田:このお店ができたのは1980年11月。もともと日本レストランシステム(旧・ショウサンレストラン企画)の社員としてボルツで修行してたんだけど、会社を辞めてフランチャイズでお店を始めたんだ。当時はウチを含めて10~15店舗ぐらいかな。全盛期は80年代末ごろで、50店舗ぐらいだよ。

 

──当時の時代背景を考えると、まさに一大チェーンですね。

 

倉田:開店当時、カレーは500円だった(現在は800円〜)。だんだんサラリーマンに知れ渡って、一時期はハンパなくもうかったよ。

 

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▲あの日食べた「大人のカレー」の味と香りが鼻に抜ける

 

──ボルツ全盛期の80年代から30年経って、変わったことはありますか?

 

倉田:無いよ、そのまんま。

 

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▲「5倍」は口に含んだちょっと後で立ち上がってくる、さわやかな辛さ

 

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▲子どもの頃、辛すぎて食べられなかった5倍。いまならガツガツいける

 

倉田:いまも日本レストランシステムのフランチャイズで、カレーパウダー、グリーンチリ、ナプキン、シルバーマットとかは本部から取り寄せているね。だけどもう本部からの縛りも薄まったから、もはや個人店だよ。

 

──やりやすい関係性ですね。

 

倉田:ちなみに「ボルツ」の名前はいまも現存する南インドのボルツ社からつけたもので、今も一部の食材がそこから来るよ。

 

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▲ゴロッゴロのチキンはこの大きさ!

 

──この店内にも、昭和期のボルツの雰囲気は残っているんですか?

 

倉田:一回改装して壁紙なんかをキレイにしたけど、まだ当時の雰囲気はあるね。こういうライトが、昔はこのお店の全部の所についていたの。

 

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倉田:あとこれも昔の原宿ボルツと同じやつ。

 

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ボルツのもうひとつの自慢、卓上トッピング

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▲ボルツは卓上トッピングが充実している(左上から時計回りに、大根の甘酢漬け、グリーンチリ、福神漬け、玉ネギのヨーグルト漬け)

 

倉田:トッピングに関して言うと、大根の甘酢漬けと玉ネギのヨーグルト漬けは、自分で作っている独自のものだよ。

 

──ヨーグルト漬けは珍しいですね。

 

倉田:そうでしょ、けっこう人気あるのよ。昔の店舗は卓上の無料トッピングが6種類だったんだ。ここは狭いから4種類だけど。

 

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▲グリーンチリと玉ネギのヨーグルト漬け。辛さと、おだやかなヨーグルトの風味が口に広がる

 

──ボルツの「○倍カレー」のコンセプト、どう思いますか?

 

倉田:すばらしいんじゃないの。当時、カレーの辛さとして一般的に認識されていたのは甘口・辛口・激辛口とか3~4種類ぐらい。それを数字で表したのはすごいアイデアだから。

 

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▲辛くなるほど、ターバンおじさんの顔がゆがむマンガ絵はボルツの象徴だった

 

倉田:昔はね、インドカレーとマサラカレー*1って2種類あったんだよ。それがもうインドカレー1種類になった。それと実はボルツのトッピングは、「ピザの具材」をイメージしていたんだ。

 

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▲当時としては多くのトッピングを誇っていた

 

──へええ! 確かに、メニューを見るとそう見えてきますね。アサリにエビもありますし。

 

倉田:昔はもっとあったんだよ、バナナ、カシューナッツとか。うちは席数が少ないし、メニューもしぼっちゃったんだよね。

 

──辛いものが苦手な人には、何倍の辛さがオススメですか?

 

倉田:マイルドで十分だな。あと食感としては、2倍ぐらいまでスープカレーみたいだけど、4~5倍にまでなると、辛さの材料をけっこう入れるんで、トロンとしてくるね。ちなみに俺は3倍ぐらいまでかな。辛いのダメなんだ(笑)。

 

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▲こちらは辛さ12倍のカレー

 

──ウッカリ辛いのを頼んでしまったときに、辛さをしのぐ方法は?

 

倉田:卓上の玉ネギヨーグルトを混ぜると良いよ。あとお金はかかるけど、プレーンヨーグルトね。ヨーグルトを舌にのせると辛さが紛れる。水だと一瞬で流れるから。いちばん良いのは……辛いのを頼まないこと(笑)。

 

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▲さすがに12倍は辛さが口を包む。ヨーグルトを飲んで、舌をコーティングする

 

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▲12倍は口につけたときにすでに辛みを感じ、それが時間とともに増していく。この「口の中が辛さにつつまれる」感覚は、子どものときの舌は3倍ぐらいで感じた気がする。それすらもなつかしい

 

30倍カレーの完食率は「100%」

──30倍カレーっていまでも頼む人は多いんですか?

 

倉田:多いよ。だいたい同じ人が注文するけど、5人のグループがみんな30倍を頼むこともある。20~30倍を頼むお客さんはもうだいたい顔見知り。

 

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──みんな完食できるんですか?

 

倉田:もちろん、キレイに食べる。完食率は100%だよ。ソースとライスを大盛りにする人もいるしね。昔は先輩が新入社員に30倍カレーを食べさせることもあったよ。根性で食べていた。

 

──当時はそんな時代でしたもんね。

 

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▲元気になれる辛さ。具材と一緒に口に含むと、微妙に辛さと風味が変化する。それがまた楽しい

 

倉田:一応「辛いですよ」って事前に言うけどね。一度20倍カレーでダウンしちゃった人がいて、救急車呼ぼうかと思ったよ。あと新宿ボルツのときに、いくら「辛いよ」って言ってもどうしても3~4倍を食べたがる子どもがいて……胃けいれん起こしちゃって。

 

──子どもは無茶しますからね。

 

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──そんなボルツも、時代が進むにつれて営業が厳しくなってしまったと。

 

倉田:激辛ブームが終わって売り上げはガクンと落ちた。それに加えて、ボルツのフランチャイズ店でマニュアルに沿ってやってないところもけっこうあったから。

 

──ちょっと違う味になってしまったり?

 

倉田:うん。そのせいもあったのか、本部の方針でボルツはたたむ方向になって。で、既存の店舗は勢いがあった洋麺屋五右衛門*2あたりに変わって、残ったのは3店舗だよ。

 

──五右衛門ではなく、ボルツを続けたのはなぜですか?

 

倉田:修行して、カレーの作り方も知っているから。でも10年ぐらい前に周りのサラリーマンが少なくなったとき、五右衛門に変えようかなと思ったんだけど、あと何年続けるかだから、このままカレー店でいいかって。

 

──確かに、お店の前は人通りが少ないですね。

 

倉田:昔は商社マンが多かったけど、会社の移転や人員の合理化で減っちゃった。あと80年代後半ごろからコンビニが増えて。コンビニ弁当もおいしくなったから。

 

──いまお店をやっていて感じることは?

 

倉田:景気が悪くなったね……! 消費税が上がる前の2019年4月から50円ぐらい値上げするかもしれない。もし下町だったら高い値段だけど、ラーメンだっていま750~800円がザラだし、それを考えるとまあまあの値段じゃないかな。

 

──手を出せる範囲ですからね。ちなみに、もともとカレーはお好きでしたか?

 

倉田:ごく普通に好きだよ。俺たちの時代はみんな、カレーがいちばんのごちそうだったからね。

 

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▲辛いのに、スプーンがどんどんすすむ

 

──ボルツ以外で好きなカレーはありますか?

 

倉田:俺、おそば屋さんのカレーが好きなんだよな。そばつゆが入っているでしょ。あれがすごくおいしいよな。

 

──確かに、無性に食べたくなるときがありますね。

 

倉田:海の家のカレーや、黄色いカレーもおいしいよね。カレーはなんでもおいしいよ。

 

ボルツが生活を与えてくれた

──ボルツの他の店舗が閉店していったとき、「ウチはどうしよう」って思いませんでしたか?

 

倉田:別にないよ。俺はマイペースだから。ただあと長くて5~6年だね。俺一代で終わりだな、安定している仕事じゃないからさ。

 

──ご主人にとってボルツってどのような存在ですか?

 

倉田:生活を与えてくれたお店だよね。山あり谷ありだけれども面白いよ。やったかいがぜんぶ来るから、お客さんがおいしかったよって帰ってくれるときはうれしいな。

 

──ボルツが無くなったと思っている人もたくさんいると思います。

 

倉田:まだやってるって、アピールしたいね。

 

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子どもの頃に大人の味を教えてくれた、大人のふりかけとボルツ。ここにはボルツ最後の灯を消さない店主さんがいた。

 

ボルツの味は当時のまま。「○倍カレー」は子どものときほど辛く感じなかったけれども、遠い記憶を呼び起こす味だった。そして……、

 

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ウマかった!

 

お店情報

ボルツ 神田店

住所:東京都千代田区神田錦町3-17
電話:03-3233-3067
営業時間:11:30~20:30
定休日:不定休

www.hotpepper.jp

 

*1:昔は「スパイスカレー」とも呼ばれていた。

*2:同じ日本レストランシステムから1976年に誕生し、お箸で食べるスパゲティが評判で全国に多数の店舗を展開。

書いた人:辰井裕紀

辰井裕紀

卓球と競馬とサッポロ一番みそラーメンが好きなライター、番組リサーチャー。過去には『秘密のケンミンSHOW』を7年担当しておりローカルネタが得意。

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