絶滅寸前!「黄色いカレー」がとにかく食べたい

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黄色いカレー。カレー粉と小麦粉を中心に作られた昔ながらのカレーで、今や絶滅危惧種と言えるメニューだ。

この黄色いカレー、ときどき無性に食べたくなることがある。芸術的な色合いのルーからもたらされる味は、いまのカレーにはない香ばしさとスッキリ感を持つ。

その黄色いカレーの中でも、特においしいとひそかに評判の店があると聞きつけ、日比谷線で入谷駅に降り立った。

 

人呼んで「世界一おいしいそば屋のカレー」

下町にあるそのお店は1892年(明治25年)創業の「東嶋屋」。ときに「世界一おいしいそば屋のカレー」を出す店としても語られる。

 

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30年ほどこの店で働き続ける中尾尚子さん。先代の兄が急逝し、6代目となって15年ほど経つ。

黄色いカレーがいつから提供されていたかはわかってないが、100歳近いお客さんによると、少なくとも昭和のはじめからあったようだ。

そこで、ずっと変わっていない黄色いカレーの作り方を少しだけ見せてもらった。

 

ルーが……黄色い!

材料はラードと小麦粉と、SBの赤缶カレー粉を使い、ある工程(企業秘密)をはさむことで、カレーがより黄色くなる。

 

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ルーは少しずつ溶かしていくが、寒い日はルーが固まりやすいため、より小刻みに溶かしていく。

 

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▲黄色い!

 

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▲たっぷりとルーをかける

 

ラードを使っているため作り置きだと固まってしまうので、注文が入るごとに一つ一つ手間をかけて作っている。持ち帰りもご近所以外はお断りと、できたてで食べるのがいちばんのカレーだ。

 

辛さではなく、風味を味わうカレー 

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▲完成したライスカレー(660円)

 

黄色く、美しい。しばし見ていたくなる。

黄色いカレーと言っても、もっと茶褐色が混じるものは今もよくあるが、ここまで黄色いものはもうなかなか出会えないだろう。

 

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できたてだから、湯気がもうもうと立つ。冷めないうちに早く食べたくなってきたので、急いでカメラをスプーンに持ち替えた。

思い切り口に含むと、たっぷりのルーから豊潤なおいしさが伝わる。辛さではなく、カレーの風味を口いっぱいに味わうためのカレーだ。

 

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大きめの豚肉と、玉ネギだけのシンプルな具材。あとはひたすらルーとごはんの味を堪能する、ストロングスタイルでいただく。

もともとは年配者から静かな支持を集めていたメニューだったが、評判が広まった今では遠方からのお客さんも増えて、一日中カレーばかり作ることもあるそうだ。

 

よーく利いた「トロミ」

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▲トロミが、うまみ

 

小麦粉でトロミもよーく利いている。小麦粉を使った昔ながらのカレーになじみのない若い人からは、「片栗粉を使っている」と誤ってネットで書かれるほどのトロトロ感だ。

 

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▲ときおり福神漬けをつまむと、味のコントラストも楽しめる

 

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ちなみにこのライスカレーの「660円」という価格は、平成に入ってから令和元年の今まで値上げしていない。材料費もどんどん高騰しているが、何とか価格を上げずにキープしている。

なお味付けには塩しか使われていない。だからか、雑味がなくスルッと食べられ、いつの間にか目の前のカレーの量が減っている、魔法のような一食である。

 

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さらに「かつお節の一番だし」の風味を活かしているのも蕎麦屋ならでは。ダシと塩と自家製のカレールーだけで作る、すがすがしさを感じる味だ。

 

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▲辛くないから、後半にさしかかっても水が減っていない

 

黄色いカレーには、ウスターソースもついてくる。昔はこれをかけて食べることが今よりもポピュラーだった。当時の流儀で食べてみよう。

 

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ソースを少しかければ、ほのかな味のルーが一気にソースの味を帯びてくる。これはこれで、クライマックスの風情も漂ってきて一興だ。

 

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「このカレーが食べたくて、引っ越した」

東嶋屋のカレーに魅せられた人の中には、驚くべき人もいたという。完食したところで中尾さんにさまざまなエピソードをうかがった。

 

f:id:exw_mesi:20190707012505p:plain中尾:このカレーを食べたいがために、うちの近所に引っ越してきた方がいました。

 

──カレーが引っ越しのモチベーションになるって、本当にすごいですね……!

 

f:id:exw_mesi:20190707012505p:plain中尾:遠くからずっと通ってくださったんですけれども、とうとうすぐ近くの三ノ輪に引っ越して下さって。

 

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──黄色いカレーが減ってきてることに関しては、どう思われますか?

 

f:id:exw_mesi:20190707012505p:plain中尾:私たちにも子どもがいないので、どうなるかわかりませんね。

 

──お店を継げる人がいない……?

 

f:id:exw_mesi:20190707012505p:plain中尾:皆さんから言われますよ、もったいないって。支店があればそこで出せますけれども。いまは後継者を探すのが大変ですから。後継者がいないそば屋さんはどんどん廃業しています。

 

──黄色いカレーにおいても、後継者問題がのしかかってくるんですね。いまの人ってお店を継ぎたがらないことが多いですから……。

 

f:id:exw_mesi:20190707012505p:plain中尾:(そば屋は)皆さんが思うほど、儲からないですからね。ウチは仕込みを朝8時ぐらいからはじめて、夜に片付けをしていると22~23時になるので。お店を開いている間だけ働けばいい仕事ではないですし、これからの若い人がやるかなって……。

 

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▲カレーライスではなく、「ライスカレー」の表記。ちなみに、その4つ右に書かれた「カレー丼(730円)」はしょうゆ仕立てで黄色くない

 

f:id:exw_mesi:20190707012505p:plain中尾:いつも注文していたかつお節屋さんも廃業してしまって、ほかの業者さんが同じ配合で作ってくださっても、元の味に戻すまでは骨が折れましたね。カレーも含めて全部同じダシを使っているので、すべてのメニューに影響が出ますから。

 

カレールーの配合は、歴代の主人しか知らない

──東嶋屋さんにとって、この黄色いカレーってなんですか?

 

f:id:exw_mesi:20190707012505p:plain中尾:「伝統」ですね。

 

──ずっとつないできたものの象徴。

 

f:id:exw_mesi:20190707012505p:plain中尾:そうですね、他のものも古くからあるんですけれども、特にライスカレーはずっと同じ味でやってきたので。

 

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──作りながら先々代らを思うときはありますか?

 

f:id:exw_mesi:20190707012505p:plain中尾:はい。まあ、ずっと継承していくのも大変ですが……いいときも悪いときもあるし。ただ最初にはじめてお店の味を作った人は、やっぱりすごいと思いますよ。ちなみにカレールーの配合は、歴代の主人しか知らないんです。

 

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▲カレーのコップにスプーンを入れるのも、理由はわからないが昔からやっていた

 

f:id:exw_mesi:20190707012505p:plain中尾:ちなみに兄が突然亡くなったときは大変でしたね。レシピのメモは残っていたんですが、そこからこの味に仕上げるのはひと苦労でした。

 

──「歴史」と「伝統」を継いでいくのはホントに大変ですね。

 

f:id:exw_mesi:20190707012505p:plain中尾:おいしいものを作るっていうか、同じ味で作るっていうのがむずかしいので、日ごろからそんなことしか考えていないです。

ダシの取り方がちがっても、カレーの味って微妙に変わってくるんです。毎日おいしくできたなって思えればいいんですけれども。そこもむずかしいところですよね。

 

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19世紀から伝わる店を守り、同じ味を出すために8時から23時まで働く。働き方改革とはかけ離れた生活で黄色いカレーを守る中尾さん。

この先、お店を継ぐ人がいるかはわからない。だがお店が続くかぎりは、伝統が織りなすこの絶妙な黄色いカレーを楽しませてもらおう。

 

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ウマかった!

 

お店情報

東嶋屋

住所:東京都台東区竜泉1-29-3
電話:03-3872-6261
営業時間:11:15〜15:00(LO.14:30)、17:30〜20:45(LO.20:15)
定休日:日曜日・祝日

www.hotpepper.jp

 

書いた人:辰井裕紀

辰井裕紀

卓球と競馬とサッポロ一番みそラーメンが好きなライター、番組リサーチャー。過去には『秘密のケンミンSHOW』を7年担当しておりローカルネタが得意。

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